前々から是非行きたいと思っていた朗読劇だが、体調の悪化から、また人込みで風邪が悪化しないか不安だったが、友人が車で送り迎えしてくれるというので、先週出かけた。

題目は平家物語の敦盛。地域の人が中心に活動している朗読グループの劇なので、客席で目をつぶって、敦盛の世界を想像しながら聞き入るのが一番。体が疲れるはずがない。

琵琶と篠笛の演奏も入り、平安末期の雰囲気十分。

熊谷直実の生涯は、地元埼玉ではよく知られている。彼の出身は武蔵7党の一つの熊谷党といわれ、出生地は現熊谷市よりもっと北ともいわれ、はっきりしてない。荒武者で何としても戦功をあげたいと、がむしゃらに戦った関東野武士から突然の出家への変転。その理由がいろいろ想像、創作され、かくも有名な人物になった。

歌舞伎で熊谷陣屋を見たことがあり、打ち取った平家の敦盛の首を入れた桶の中身は、実は自分の息子を身代わりとして入れていたという話で衝撃的であった。もちろんこれは創作。とにかく自分とは全くかけ離れたやんごとなき平家の若者の死の美学を目の当たりにして、直実はカルチャーショックを受け、どうしても敦盛の首を切ることができなかったのだ。敦盛との出会いが、その後の彼の人生を180度回転させる一因になったと言われる。

朗読はほぼ現代語で、わかりやすい。亡霊となった敦盛と坊さんとなった直実の邂逅が語られる。繰り返される「南無阿弥陀仏」の念仏に、彼の宗派は浄土宗か、真宗か、敦盛は神道じゃなくても、成仏するのかなんて、雑念が入ってきた。

何度同じ話を聞いても、ストーリーがちょっとデフォルメされていても、諸行無常の響きありには、心がキュウと締め付けれる。この世は常ではない、流れる川のごとく、同じに見えても実際は全く同じではない。だからこそ人は生きていける。明日は自分を囲む世界が変わっているかもしれない、自分も変わっているかもしれない。良いほうに転がっているか、逆に奈落の底に落ちるかもしれない。その無情さに涙を流すかもしれない。平安時代の心が、現代の人間の琴線に触れる。

「平家物語」には多くのエピソードが書かれている。もう一度読み直す機会を与えられたのかな。そしてまたゆかりの地、京都へ行くとしようか。