週末、孫どもが我が家に2泊3日した。にぎやか。下の階から文句が出ないか、こちらは冷や冷や。ゴムが裏打ちされた消音のタイルマットの上を歩くのはよいけど、ソファからジャンプする時、ハラハラする。子供たちはわざとマットのないところに着地するのだ。
物は片づけない。ちょっと落書きした紙が散乱。まだまだ余白がいっぱいあり、裏はまっさらなのに、勿体ない。
言うことを聞かないと、私の声はどんどんエスカレートする。
「おばあちゃんはよく怒るね」そりゃあそうさ。いつも優しい顔はしていられない。
退屈しだすと,近くの図書館へ行く。静かにと言っても、走りだす。読書している人ににらみつけられると、その時だけはそっとそっとあるくが、絵本コーナーでは、他人のにらみはけろりと忘れている。
彼らは自分で絵本を選んで、と言っても保育園で読んでもらった本を取り出すことが多い。私が「この本どう?」と選ぶのは全く興味がない。とにかく自分で選んで、カウンターに持っていき、カードをスキャンしてもらうのが楽しみなのだ。本当は自分でスキャンしたくてウズウズしているのだが。
子供の歌の入ったカセットも借りた。
家に帰ってくると、早速カセットをセットする。流れてきた曲は「コンピューターおばあちゃん」。昔娘を育てているときに良く聞いた曲だ。二人の孫はノリノリで踊りながら、歌っている。終わると、もう一回と何度も何度も、この曲だけ聞き返す。
「コンピューターおばあちゃん」と私を指さして踊っている。確かイラストでは、体の小さな髪をひっ詰めた年寄りで、コンピューターに向かっていて、なんでもできるスーパーおばあちゃんだ。私が孫の目から見ると、コンピューターおばあちゃんだとは、悪い気はしない。ただ、明治生まれという歌詞は不満だ。そこまで年を取っていないぞ。
孫がいると、色々神経を使うことも多いが、一緒になって歌ったり、踊ったり、孫の年齢近くまで気持ちが下りて行って、心が解放される。
日曜日の夕方、お別れの時間だ。「おばあちゃんの家にいる」と孫がダダとこねるのも、悪い気分じゃない。あと何年、孫たちとこんな時間が持てることやら。
物は片づけない。ちょっと落書きした紙が散乱。まだまだ余白がいっぱいあり、裏はまっさらなのに、勿体ない。
言うことを聞かないと、私の声はどんどんエスカレートする。
「おばあちゃんはよく怒るね」そりゃあそうさ。いつも優しい顔はしていられない。
退屈しだすと,近くの図書館へ行く。静かにと言っても、走りだす。読書している人ににらみつけられると、その時だけはそっとそっとあるくが、絵本コーナーでは、他人のにらみはけろりと忘れている。
彼らは自分で絵本を選んで、と言っても保育園で読んでもらった本を取り出すことが多い。私が「この本どう?」と選ぶのは全く興味がない。とにかく自分で選んで、カウンターに持っていき、カードをスキャンしてもらうのが楽しみなのだ。本当は自分でスキャンしたくてウズウズしているのだが。
子供の歌の入ったカセットも借りた。
家に帰ってくると、早速カセットをセットする。流れてきた曲は「コンピューターおばあちゃん」。昔娘を育てているときに良く聞いた曲だ。二人の孫はノリノリで踊りながら、歌っている。終わると、もう一回と何度も何度も、この曲だけ聞き返す。
「コンピューターおばあちゃん」と私を指さして踊っている。確かイラストでは、体の小さな髪をひっ詰めた年寄りで、コンピューターに向かっていて、なんでもできるスーパーおばあちゃんだ。私が孫の目から見ると、コンピューターおばあちゃんだとは、悪い気はしない。ただ、明治生まれという歌詞は不満だ。そこまで年を取っていないぞ。
孫がいると、色々神経を使うことも多いが、一緒になって歌ったり、踊ったり、孫の年齢近くまで気持ちが下りて行って、心が解放される。
日曜日の夕方、お別れの時間だ。「おばあちゃんの家にいる」と孫がダダとこねるのも、悪い気分じゃない。あと何年、孫たちとこんな時間が持てることやら。