郵便受けに入っているものは、いつも印刷物。手書きの宛名の封書が入っていると、心が何となくホッとなごむ。先日、久しぶりに会った仲間からの写真同封の手紙だった。
 
大学卒業後、一時期、同じ釜の飯を食った仲間7人で、17年ぶりに全員が集合したのだ。別々の大学を卒業、退職も別々、その後の人生もそれぞれ、居住地も関東、関西とばらばらなので、あいたくてもそう易々と全員が顔を合わすことはなかった。
 
写真の中の笑顔をみると、先日のお喋りの声が聞こえてきそう。時のバリアは一瞬にして消え去るものだ。
 
「皆、ふくよかな顔をしているなあ」とテーブルの上に乗せていた写真を手にとって夫のつぶやき。確かに私を含めメタボ気味が多い。豊かな食生活を送っている証拠と思おう。
「お前は髪が薄くなったなあ」一言多い。もしかして友人たちは抗がん剤の影響が残っているからと思ったか。抗がん剤を投与しなかったのに。
 
7人の仲間のうち、がんを患ったのは私1人、腰痛に悩まされている人1人位で、他の人間は至極元気。60歳まで生きると90歳まで、70歳まで生きると80歳までは生きると言う統計があるとか。仲間は低く見積もっても80歳代までは壮健でいられるようだ。
 
でも女性の3人に1人が癌にかかるというから、私以外にもう1人は癌に罹りそう。さて、誰か、なんて考えないで、皆、検診して早期発見してほしいもの。あの座でも私は検診を強調した。
 
それに癌が見つかった時の、自分が自然に還る感覚、生還したときの、生きているものが新鮮で、皆、同じ重さの命を輝かせている感慨をちょっと述べた。 癌を体験していない友人たちは実感が湧かなかったかもしれない。 それは健康の証拠。
 
今日、テレビで、津波にあった場所に花を植えている女性のインタビュウがあった。「土も、植物も、皆、生きている。回復しようと生きている」という言葉が印象的だった。そう、皆みんな、等しく生きていると言う感覚こそ、死を見つめた人の実感なのだ。
 
「あなたが一番最初に消えたのよね」退職は私が一番早かった。
「この世から消えるのも私が最初かな」
「そんなことはないわよ」と慰めが帰って来た。一病息災で,命に執着して生きるか?次回も全員健康で会える日をたのしみにしている。