大学卒業の直前、一人旅した倉敷へ、20日、友人と4人で、私にとっては何十年ぶりの再訪。大原美術館でみたエル・グレコの受胎告知の絵をもう一度見てみたいと。 22歳の私には、清らかな少女というより、熟した女性のようなマリアだった。そしてその大きな目の記憶がずっと頭の隅にあった。 あの川沿いの白っぽい蔵作りの一帯は、本当に狭い範囲だった記憶がある。
倉敷の駅前は、人通りの少ない、うら寂しいシャッター通り。でも美観地区に入ると、多くの土産物屋が並び、大勢の観光客がごった返していた。昔はこんな店は全く無かったと思う。人力車が走り、川には数人の客を乗せた舟がゆっくり櫂をこぎ、川沿いの柳が風になびいている。すっかり観光地に化していた。不景気でも中高年の観光客は元気そうだ。時が何十年も流れたのだから、この位の変化は当然なのだろうが、ちょっと寂しい。
大原美術館の「受胎告知」の絵はしっかりとガラスに覆われてあった。でもこんなに小さかった?もっともっと上下に長い絵だったような。記憶って本当にあいまいなのだ。大きな濡れているような瞳のマリアの見上げる姿は記憶のままだった。複雑な感情のこもった目。告知をする天使の男性的な姿。やっぱり聖女マリアに対する常識に、ちょっとクエスチョンマークがつく。生身の人間マリアである。
翌朝の21日、ホテルの窓から、日の出前の瀬戸内海を眺める。朱色に染まる空、逆光下で黒い大原美術館のギリシャ神殿のような建物、見上げると細いまっすぐな雲が2本、朝日を受けて一部、朱色に輝いている。地震雲? (実際、その21日の夜、広島を震源とする大きな地震があった)
その日、広島経由、安芸の宮島まで足を伸ばす。安芸は秋、紅葉饅頭で有名な宮島のもみじは期待はずれ。今年は全国的に紅葉は期待はずれのようだ。
紅葉谷を散策後、ロープウエイで弥山へ。弥山は宮島で一番高い山で、厳島神社の御神体そのもの。起伏はあるが歩いても30分で山頂というので、ちょっとヒールのある革靴で、昇ることに。本当に久しぶりな山道。 足は疲れないけど、すぐに息が切れる。やわな体になったものよ。
途中、空海が火を起こし、その火が延々と今日まで燃え続いているという火で暖めた釜の水を一杯ご馳走になり、更に頂上を目指す。ちなみにこの火は分灯され、広島の平和の灯火となっているという。その広島の火が更に分けられて、埼玉の大宮にある寺に現在も燃え続けている。(以前にその火を見に大宮のはずれにあるその寺に行ったが、寺名は忘れた)
山頂から静かな青い瀬戸内海、宮島の朱の鳥居を見下ろす。 これで燃えるような紅葉だったら、本当にあの世にいるような気分になったことだろう。