週末、小学校中学校時代の一泊泊まりの同級会バス旅行があった。 9年間、地元の学校で学んだのが130名ほど。そのうちすでに亡くなった者が15人。今回、旅行に参加したものが31名。近年、一年おきに地元に残っている同級生有志が企画してくれている。
 
中学を卒業して数十年。もう年金世代。毎日が日曜日の人が多い。出席者は男性より女性のほうが多く、遠くは大阪から参加した者も。ここも女性が元気で華やか。女性が元気だ。
 
夜、カラオケからご機嫌で部屋に戻ってくる途中、昔、運動で一緒に真っ黒になって頑張った女性から、
「『今日やれることは一生懸命…、さすれば明日、更に…』って格言を、何かのエッセイに使ったことある?」と聞かれた。注意力散漫で、正確な言葉を聞き逃した。
「ううん。使ったことない。誰の格言だっけ?」
「ゲーテの言葉とかっていってたよね。『今日やれることは…』」彼女はすらすらと格言を繰り返した。
 
中学卒業の時の寄せ書きに、私が書いた言葉らしい。これはゲーテの言葉だと私が言ったとか。彼女はその格言を、座右の銘として生きてきたという。毎年手帳に書き写し、仕事で忙しかったり、問題を抱えると、この言葉を思い出して、頑張ってきたと。
 
皆は他愛ないことを書いてたけれど、さすがだと彼女は私を褒め称えてくれたが、当の本人は全くそのことに記憶がなく、穴があったら入りたい気分。青臭い生意気な中学生の私が、気負って、『さすれば』なんて言葉を使って、人生を達観したような言葉を書いたなんて。
 
『今日やれることは一生懸命しなさい。そうすれば、明日は、今日より一段階上の出発点に立って更なる発展につながる』という趣旨の言葉であった。右肩上がりの社会の証左か。今の我々には、そんなに頑張ったら、死に急ぎだしたかと疑われそう。
 
健康で、愉快な友人が傍にいて、時には遠くで家族をはぐくんでいる子供たちの声をきき、一日がつつがなく過ぎていくのが、なんとなく満足。そんな老境に入った我々同級生たち。
 
別れの言葉は、「元気でね。」