前回は裏でいい顔をして表では貶してくる人を「根はいい人」と表現して話させていただきましたが、
今回はまじで根のいい人!について話したいと思います。
とは言っても、今回の話はあくまで私がこれまで出会った人たちを見ていて感じたことを書いています。
心理学など科学的根拠をもとにして書いていないので、
そこはご了承ください!!
では、本題です👇
根がいいけど、ちょっとわかりづらい人って
実はそういう人もいます。
その代表例が私の2番目の兄なのですが、
こういった人は根のみがいいのではなく
茎も葉っぱも普通にいいのです!!
ただ、口数が少なかったり、感情表現豊かと言った感じではないので、
相手にどんな人か伝わりづらい人、といった感じなだけで
では、関わると疲弊する「根はいい人」と、
優しいけど、誤解される可能性のある「根のいい人」はどこが違うのでしょうか。
私個人が導き出した答えは以下の通りです。
それは相手を対等に見ているか、見ていないか
相手が求めていることを考えているか、いないか
この2点です。
意外とシンプルですよね(笑)
実は誤解のされる可能性のある「根のいい人も」いじりはたまにします。
が、「根のいい人は」「根はいい人」と違い相手からのいじりも楽しめます。何故なら対等だからです。
「根はいい人」のように自分は冗談だけど、相手がするときは攻撃という解釈にならないわけですね。
また「根はいい人」は自分都合で愛情を愛情を振りかざす傾向が強いように感じます。
できないことをやってあげたいと平気で言います。できないというか、本気でやりたいと思っているのではなく、その場のノリで言うことが経験上多かったです。
また、〇〇のためにこれしてあげる、、私の経験上、言っている本人にメリットがあるケースが非常に多いのに対して、言われる側にはデメリットが多い。なんてこともよくあります。
結局のところ表面上は相手を思っている発言は多いのですが、言われた側が振り回される形になっており、
自分がして欲しいことを相手のメリットを探して発言しているだけなんですよね。
アドバイスをする時などもそうです。
相手が本当に今それを求めているか、どう伝えたら相手が一番腑に落ちるのか、などはあまり考えておらず
自分が正してあげたい、、が先行しています。
基本的に仕事や、犯罪に関わったり、命に関わること以外で、求めていないアドバイスをするのは
相手からしたら余計なお世話なことが多いのと、嫌な役を買ってでもあなたの悪いところを言ってあげている自分を過大評価している節があります。
それに対し、根のいい人は考える基準は、あくまで相手のことに関しては「相手」を基準にして考えます。
余計な〜してあげるはないですし、できないことを「やってあげる」なんて言いません。
私の経験上、そもそも本当に根のいい人は「〜してあげる」という発想自体が少ないように感じます。
「私、こんなことできるけど、どう?」みたい提案をしてくれます。
提案したことができなくなってしまったときは、今できない状況になっている理由を必ず説明します。
アドバイスに関してもそうです。
基本的に「お前はこれだから」という無用な否定はなく、提案型です。
そのため、「根はいい人」と違いタイミングが多少ずれても、相手が腑に落ちやすかったり、受け止めやすいアドバイスをしていると感じます。
「根のいい人」って本当素敵ですよね✨
私も見習いたいなと常常々思います。
ただ、誤解のないようにいいたいのですが
「根はいい人」というのは愛情がないよね。。という話ではなく
自分基準の愛情なので、一方的なんですよね。
デカすぎる自己愛の中に他者を思いたいと言う愛がブレンドされてるような状態というか、、
だからこそ、されてる相手は「自己愛がめだってありがた迷惑」
している側は「相手への愛情」だけみているので、こんなに愛情を持ってるのに!!みたいな認識の差が出来やすいのかな、、
と、勝手ながら解釈しています。
まあ、愛情がわずかでもあるからと言って、
どんなことをしてもいい、にはならないんですけど。