無事終了しました☆
約六年間頑張ったお店を無事昨夜から今日にかけて終了して来ました
2日前に風邪を引いて体調を崩してしまいましたが…最後の今日 皆様に囲まれ女の子に囲まれ無事に取り敢えず 一幕をおろして来ました

最終日の今日は美容室の方も 気合いを入れて金粉をふりまくってくれました!(笑)↓↓↓

正直…まだ実感がわきません
明日も明後日もまだお店はある気がしてしまう気持ち
と
もう二度とこの場所でお客様を迎える事は無いと言う真実の気持ち両方を受け止められないでいます
私は最後まで泣かなかったし
そしてお客様も泣かなかった
先日のお別れ会はいったい何だったんだろう
と言うくらいにお客様が来てくださりお花もたくさん、たくさん頂きました
でも絶対、帰って来い!
ママは帰ってくる!これがスタートなんだ
ってみんなが言ってくれました

そして、次回の為にネック『お酒にかける名前』を持って帰って 次のお店がオープンしたら 絶対そのネックをつけてくれ
と
お客様から言われ預かって帰って来ました

私は幸せ者です
本当はお店を開けた時、
まだ23歳だった私は…責任と言う重さに押し潰されそうで
何で経営者、ママになんてなってしまったんだろう
って思ってました。
世の中で一番重たいものは責任だ
とまで思ってしまった程です
確かにクラブ時代はノルマがあったり成績で戦って大変だったし、雇われママは経営者と女の子の間に挟まれ 本当に大変だったけど自分が頑張るか頑張らないかで 自分の責任は自分で負うだけの話だったと自分の店を持って初めて知りました。
けれど経営者になってからはそうはいきません。
私が転べば女の子全員が路頭に迷う…。
当時、母子家庭の子がいたので 私は その子供まで面倒をみなくてはならない
と大きな 『責任』と言う重荷を背負ったのです。
苦しくて、苦しくて辛かったし…オープン当日お店の鍵を閉める時
私はいつまでこの玄関の鍵を閉め続けられるだろうかと 大泣きしたのを今でも昨日の事のように覚えています
私には 嘘も隠しも無くスポンサーもパトロンもいません
金銭的なめんでは1人で
すべて 抱えてきました。
ただ、お客様や女の子に恵まれたから今日まで開け続ける事が出来たのだと思いますが。
お店の借金は一円もありません
すべて キレイに終了出来たのです
なぜ、閉めるの?もったいない?… お客様からの言葉嬉しく本当に悔しかったです。
身体が…裁判が…口に出したかったけど 言えなかった。
このお店の件も何ヵ月も考えて決断した事だから
私は事故をしてからたくさんのものを失いました。
身体の自由から始まり、いろんなものを
でも、失ったぶんだけ違う大きなものを手に入れたと思ってます。
お店の休止は転落ではありません。
本当の地獄を見た私からしたら 本当に新しいスタートだと思ってます
必ず、必ず這い上がってみせます
どうか皆さん見守ってて下さいね
そういえば、今日お店で二件 お話を頂きました☆
一件はローカル番組に出てみないか?と言う誘い
本気かどうかはわからないけど すごい人生だから
と言われました
喜んで良いのか悪いのか…(^-^;
でも今はまだやらなきゃいけない事がたくさんあるから
と保留と言う形で返事をしました
そして、もう一件は車椅子の私が出勤するのを見て
お店までやってきてスカウトしようとした
と言うものでした
『飲み屋のね
』
ママは私です
と言った瞬間から スカウトは終わりましたが いろんな事があった1日。
そして六年間でした
また
の中が花だらけです
まだお店に半分以上残っているので明日友人と取りにいってきます


最後に女の子 従業員逹からも大きな 大きな花束を貰いました
本当にありがとう
心から愛する私の大事な女の子
お休み開けからみんで片付けに入って 最後に食事&旅行に行って 私は入院に入ります
さぁ
素っぴんにもなったし
寝ます

新しいスタート
そして六年間ありがとう


2日前に風邪を引いて体調を崩してしまいましたが…最後の今日 皆様に囲まれ女の子に囲まれ無事に取り敢えず 一幕をおろして来ました


最終日の今日は美容室の方も 気合いを入れて金粉をふりまくってくれました!(笑)↓↓↓

正直…まだ実感がわきません

明日も明後日もまだお店はある気がしてしまう気持ち
ともう二度とこの場所でお客様を迎える事は無いと言う真実の気持ち両方を受け止められないでいます

私は最後まで泣かなかったし

そしてお客様も泣かなかった

先日のお別れ会はいったい何だったんだろう
と言うくらいにお客様が来てくださりお花もたくさん、たくさん頂きました
でも絶対、帰って来い!
ママは帰ってくる!これがスタートなんだ
ってみんなが言ってくれました

そして、次回の為にネック『お酒にかける名前』を持って帰って 次のお店がオープンしたら 絶対そのネックをつけてくれ
とお客様から言われ預かって帰って来ました


私は幸せ者です

本当はお店を開けた時、
まだ23歳だった私は…責任と言う重さに押し潰されそうで

何で経営者、ママになんてなってしまったんだろう
って思ってました。世の中で一番重たいものは責任だ
とまで思ってしまった程です
確かにクラブ時代はノルマがあったり成績で戦って大変だったし、雇われママは経営者と女の子の間に挟まれ 本当に大変だったけど自分が頑張るか頑張らないかで 自分の責任は自分で負うだけの話だったと自分の店を持って初めて知りました。
けれど経営者になってからはそうはいきません。
私が転べば女の子全員が路頭に迷う…。
当時、母子家庭の子がいたので 私は その子供まで面倒をみなくてはならない
と大きな 『責任』と言う重荷を背負ったのです。苦しくて、苦しくて辛かったし…オープン当日お店の鍵を閉める時
私はいつまでこの玄関の鍵を閉め続けられるだろうかと 大泣きしたのを今でも昨日の事のように覚えています

私には 嘘も隠しも無くスポンサーもパトロンもいません

金銭的なめんでは1人で
すべて 抱えてきました。
ただ、お客様や女の子に恵まれたから今日まで開け続ける事が出来たのだと思いますが。
お店の借金は一円もありません

すべて キレイに終了出来たのです

なぜ、閉めるの?もったいない?… お客様からの言葉嬉しく本当に悔しかったです。
身体が…裁判が…口に出したかったけど 言えなかった。
このお店の件も何ヵ月も考えて決断した事だから

私は事故をしてからたくさんのものを失いました。
身体の自由から始まり、いろんなものを

でも、失ったぶんだけ違う大きなものを手に入れたと思ってます。
お店の休止は転落ではありません。
本当の地獄を見た私からしたら 本当に新しいスタートだと思ってます

必ず、必ず這い上がってみせます

どうか皆さん見守ってて下さいね

そういえば、今日お店で二件 お話を頂きました☆
一件はローカル番組に出てみないか?と言う誘い

本気かどうかはわからないけど すごい人生だから
と言われました
喜んで良いのか悪いのか…(^-^;
でも今はまだやらなきゃいけない事がたくさんあるから
と保留と言う形で返事をしました
そして、もう一件は車椅子の私が出勤するのを見て
お店までやってきてスカウトしようとした
と言うものでした
『飲み屋のね
』ママは私です
と言った瞬間から スカウトは終わりましたが いろんな事があった1日。そして六年間でした

また
の中が花だらけです
まだお店に半分以上残っているので明日友人と取りにいってきます



最後に女の子 従業員逹からも大きな 大きな花束を貰いました

本当にありがとう

心から愛する私の大事な女の子

お休み開けからみんで片付けに入って 最後に食事&旅行に行って 私は入院に入ります

さぁ
素っぴんにもなったし
寝ます

新しいスタート

そして六年間ありがとう

