お久しぶりです。
見事に半年近く更新をさぼり通しました。

8月以降は以下のような感じで、過ごしておりました。

8月、研究室のゼミで一カ月潰れる。
9月後半~10月前半 関西地方、中国旅行
10月中旬~現在 記憶がない


9月には中国の雲南省を中心に2週間程旅をしました。
この旅行では国慶節による人民大移動を経験し、もう二度とこの時期に行かないと誓いました...
写真や動画、簡単な旅行記はFBに既にあげているので、こちらでも書くべきか悩み中。つかそれ以前に未だに華南旅行編が仕上がっていない。どうするべきか。

写真をあげる手間が面倒、研究室とバイトで時間を取られているという理由でなかなか更新していませんが、旅行を見直すという意味でもちょっとずつ書き続けようと思います。


今年研究室に配属しまた個人的に旅行に出たり他にも様々なことを経験し感じたことは、まさに「百聞は一見にしかず」でした。

特に旅の途中で見たことや考えたこと、感じたことは多く、これを誰かに伝えたいという気持ちもまたあります。その気持ちを自己満足でもいいから見たそうとこのブログでも書き始めたのですが、やっぱりいかんせん時間がかかる。会話なら簡単だけど話す相手もいないので、ある意味フラストレーションになってます。

そして、上記のことを通して更に思ったことは「1人では何もできない」ということです。
彼女と別れ大学に友人もいないので何事も1人でどうにかとしてきましたが、結局研究室に入ってからはストレスがたまる一方ではけ口もなく、当初は辛い思いもしました。

そんなときに助けてくれたのは合同ゼミで助けてくれた友人やバイト先の友人、そして両親でした。彼らにはホントに感謝すべきであるし、これからも大切にしなければならない存在だと思った。


さて、来年は私にとって勝負の年になりそうです。壁はまだありますが、早く行動せねばと思っています。




ではみなさん、よいお年を。
約一ヵ月間停止してました。
9月下旬から中国行きます。桃源郷目指します。



・春の旅十一日

朝7時頃、彼女に起こされる。そうか、バスターミナルのベンチで寝ていたんだっけか。
朝食を空港内で取り、クレカの会社から再発行手続きを電話で済ました後、オクトパスカードを購入。空港を出て、天壇大佛を見るため寶蓮寺にバスを乗り継いで向かう。

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東涌駅でバスを乗り換え。ここでロープウェイに乗り換えて向かうのが普通らしいが、故障中だったので、バスで向かう。

香港というとどのようなイメージを持つだろうか。東京以上に高層ビルが乱立していて夜になると夜景がきれい、なんて自分は思っていましたが、香港の大部分は自然で埋め尽くされています。

空港、香港ディズニーランド、そして寶蓮寺があるランタオ島も多くの自然がある島で、バスで向かう道も、赤城山に引けを取らない急カーブが連続する山道だった。酔った。

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到着。霧がかかっている。当時、P.M2.5が騒がれていたが、香港ではこの時期霧がよく出るらしく、大気汚染ではないとか。

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こんな看板を見つける。一度は訪れてみたい観光地の名前が。

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入口でチケットを購入し、階段を登り終わると、大仏の姿が見えてきた。
下からだと霧でほとんど見えなかったが、こう近くで薄らと見える大仏もなかなか迫力がある。

調べてみると、わりと歴史が浅い大仏だそうだが、どこかの雑誌で絶景に選ばれるなど割と人気の観光地なのだとか。人見当たらないけど。

大仏内部は博物館になっており、絵等が飾ってあったと思うがほとんど覚えていない。

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大仏の周りにある銅像達。雰囲気がいいのでわりとこの写真はお気に入り。

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実はこのお寺のチケットには食事も付いている。1人800円で食事もとれるからちょっとお得。
炒麺、ココナッツミルクのゼリー、大根もち等を食す。

その後、お土産屋が集まる昂坪市集をふらつき、黄大仙へとバスで移動する。

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お祈りする人々。この風景を見て、台湾を思い出す。信心深い人々が多い。

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黄大仙では、観音様が祭られている。高崎市民の自分にはどこか親近感を感じる。

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九龍城砦公園付近の写真。わりとこういう雰囲気が好き。
九龍城砦公園に行ったものの、跡地は見なかった。ホント失敗した。

この後、重慶マンションで宿を見つけ、香港の友人たちとご飯を食べに行く。

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香港風の釜めし?かきあげもうまい!香菜の味にはまる。


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香港の街中を散歩。日本のサブカル系ショップが軒並みをそろえる。
CDショップでは私の好きな「あさき」の新作が売られていたことに驚く。さらにあさきを彼女の友人も知っていることに驚く。日本の影響力はなかなかすごい。

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どこだか忘れたが、ショッピングモール。エスカレータがとてつもなく長い。日本の構造物は耐震のためあまりデザインに融通が利かないが、地震のない香港では建築物のセンスはなかなか。

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この後、甘いものが食べたいと、スイーツを食す。香港も南国だからか、果物も豊富にあるらしい。

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夜に撮った重慶の看板。危ない雰囲気がぷんぷんする。

実はこのあと、宿の鍵が開かず、がちゃがちゃしてたら近くにいたナイジェリア人に助けてくれた。彼らは携帯電話の事業をやっているらしく、香港に出張中だとか。


ー十一日目終わりー


さて、二か月あいてしまったが、気分次第でまた更新していこうと思う。もしかしたらこれが最後かも。アメーバの写真の投稿は割と手間がかかりめんどくさい。
よって今後はFBであげる可能性あり。

ではおやすみなさい。
三連休から今日にかけて、仙台の友人の家に居候してました。
てなわけで、更新止まっておりました。


仙台市内だと仙台城跡、いろは通り、国分町らへんを散策したり、日本三景松島を見てきたり、牛タン食べたり、わりとミーハーな旅でした。

まあ友人宅で真夜中まで映画見たり、昼過ぎまで寝てたりと、なかなかあれな一面もありましたが。

あとはこの旅で本を3冊程入手。


私自身が割と落ち着いてきたので、更新もちょいちょい大目にしていこうと思います。早く書かないと忘れてしまうかもしれない。

では、今日は夏のメランコリックなときによく聞く曲を紹介して終わりにします。

それではおやすみ。

・春の旅後日談

帰ってきた日は、別の予定(と言っても遊びなんだけど)があったが、睡眠不足であまりにも体力がきつかったためパス。一日中寝てました。

東京でもう一日過ごしたあと群馬に帰省し、足の持病の定期健診を受ける。これが帰国後に時間を空けた理由の一つ。
ここ7年ほど毎年受けていたが、例年通り異常なし。さらに、医者から骨の成長期が止まったという宣告(?)を受けた。骨の成長によって発生した病気だったため、これ以上悪化する可能性は低いだろうという結論に至り、定期健診は今回を持って終了ということになった。

その後家でだらだらと二日間過ごし、東京に戻る。

そこから3日間ほど全力でバイトし、香港への出発直前にTOEICの試験を受ける。
大学院の試験で必要なので必ず受けなければならないのだが、これがなければもっと長い時間中国を楽しめたのに...とか思っていた。一応ベストスコアが出せたので結果オーライ。ノーベンでもベストスコア出せるもんなんだ...




・春の旅十一日目


これ以降の旅は同居人やご近所の人間には秘密にしているため、身形を見られるとまずい。
ということで朝8時くらいのまだ回りが寝ている時間に出発。ちなみにフライトは18時。

10時半頃、成田に着く。早速暇になったため、回転ずしを食って暇をつぶそうとする。しかし、30分で飽きる。

その後は、空港内をゾンビのようにうろついたり、地球の歩き方をひたすら読んで時間をつぶした。早く着くのは悪くないが、早すぎも考えものだ。

16時頃、そろそろ出発ゲートへと思い、ゲート付近の通路にある椅子に座って時間を待つ。

すると、近くを40代くらいの細身の女性がうろうろしながら歩いてきた。どうやら自分の座っている席の横にあるコンセントが目当てらしい。席はガラガラだし横にずれるくらいなんともなかったので、席ごと場所をゆずってあげた。

すると「Thank you」と返事が返ってきたので、「日本語喋れないのかな?」と思った。しかし、彼女が次に話しかけてきた言葉は日本語だった。

そこで彼女としばらく話すことになる。彼女は某直轄市出身の在米中国人で、日本で働いていた経験もあるため、日本語も堪能であった。昔の友達に会うために日本に来ており、これから中国に行くという。これ以上書くと特定されかねないので詳しく書かないが、某日系企業の重役との関わりもあるとか。とんでもない人と出会ってしまったかもしれない。

彼女は日本人がイメージしがちな中国人とは違っていた。話していて、強くホスピタリティを感じたし、とても心の優しい人だった。彼女とは、家族のこと、日中関係のこと、そして中国の魅力的な観光地について語り合った。話に夢中になっていると、フライトの時間が近くなった。もっと話していたかったが、お互いの連絡先を交換し、「Have a good trip」と言って別れた。

今思うと彼女と話したことがきっかけで、中国により興味を持つようになったと思う。この後半の旅、日本にいるうちからかなり濃い体験をしてしまった。

18時、飛行機に搭乗する。周りは日本人が案外少ない。ほとんど、香港人のようだ。香港人の生涯訪日回数は約5回で世界で最多らしい。本当に日本好きだということをほのかに実感する。

フライト中はのぼうの城とか見てた。しかし、飛行機がかなり揺れたため、気分が悪くなる。
10時半頃、霧がかかっている香港国際空港に到着。今にもはきそうになりながら、飛行機を降りた。

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入国管理を通り、荷物を受け取ったのがおよそ11時。早くしないと、市内へ行くバスがなくなってしまうが、ほぼあきらめて空港に泊まる覚悟でいた。
まず金が必要だと思ったが、夜の両替所はレートが悪い。そこで、試しに中国銀行のATMに向かいクレカでお金をおろそうと考える。しかし、これが悪夢の始まりだった。


クレカを入れ、暗証番号を入力した。するとエラーが発生し、カードをはきだした。あれ?パスワード間違えたかな?と思い、もう一度チャレンジ。そしたら...ATMの画面がブルースクリーンになった。
!?、どうすればいいんだこれ!?とパニくる自分。近くにいる空港職員を捕まえ、事情を話すと銀行のサポートに電話をかけてくれた。しかし、ダメだったらしく「あきらめろ、カード会社に連絡せえ」と言われる。

しかし、どうしてもあきらめきれずブルースクリーンのATM前に居座り続けるにする。そこから20分後、ATMが起動し始めた。ついにカードをはきだしてくれるか!?と思ったらカードが出てこない。



あかあああああああああああああああああああああああん゛ん゛ん゛ん゛






これじゃあ朝までガチ一文無しじゃないか!

近くの空港のカウンターのお姉さんに突撃し、必死にATM開けられないか説得したが、「カード会社へ~」の一点張り。仕方ない電池少ないし料金高いけど、電話かけることにする。

しかし、わがスマホ、どう設定すれば海外で電話を使えるようになるのかわからない。VISAの電話番号メモったところにかけてもつながらない。電池も残り少ない。これで電池切れたらまじで終わる。必死にWifiを駆使して香港での電話番号を調べ、やっとの思いでつながり、カードを留めてもらった。この時既に1時過ぎていた。

VISAの職員曰く、自分のクレカは海外のATMで使用できない設定だったとのこと。しかも、中国銀行はカードが戻ってこないことで有名らしい。セキュリティはいいかもしれないけど,,,だったら「このカードはATMで使えません」くらいのこと表示してもいいじゃんか...

香港の唯一の伝手の彼女にもこの時点で連絡し、明日(と言っても既に今日だったが)空港で会うことにする。


てなわけで...
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バスターミナル付近でお泊り。近くにも外人がちらほら泊まっている。バックと椅子にチェーンをつけて盗難対策をしっかりした上で就寝。

かなり濃い旅の始まりだったなあ...



11日目終
春の旅・前半をようやく書ききりました。

自分の癖でカンボジアらへんで終わるんじゃないかとおもったら、意外と前半部分を書きあげてしまいました。勢いがあれば結構かけるもんだね。


さて、ベトナム、カンボジア、タイの三国を回る前半の旅でしたが、実は旅行の日程を決めていくうちに、この前半の旅にある一つのテーマが浮かび上がってきました。

それは「戦争」です。
どの国でも必ず戦争に関係している史跡、博物館へ訪ねました。
現在、歴史認識がどうたらこうたら言われています。しかし、某3国を除いた他のアジアの国々は、日本に侵略されていたという事実がありながら親日国家であったりします。それは日本が植民地や占領というよりも、その国を日本の一つの地域と同じように発展させようとしたからだと言われています。

確かに、こうした裏の経緯が見えたり、多くの人を殺害した事実を見ると、日本のしたことは誉められたことではありません。しかし、この構図は見方を変えると日本はアジア人のために欧米諸国と対立していたようにも思えるのです。その対立があってこそ、現在のアジアは欧米国家と対等の立場になれたのだととらえているアジアの国々が日本を支持しているのだと思います。

現在、ある程度は我々黄色人種も差別はされなくなってきていますが、以前として差別は根強く残っています。現に自分も差別をこの旅行でも受けましたし、アジアの観光地を我が物顔で堂々と歩く白人たちを見ていい感情は起きませんでした。

しかし、この旅で逆に仲良くなった人々がいます。それは、韓国人、中国人、華僑といった本来日本を毛嫌いしているはずの人々です。もちろん旅先でお互い嫌な思いをしたくなかったから見かけ上は仲良くしたというのもあるでしょう。しかし、国家間の問題を見なければ、彼らは全然仲良くなれる存在なのです。

近年の隣国の態度や活動は日本人として許し難い行為ですが、彼らも日本人も本来嫌うべき相手が間違っているということに気がついていない気がするのです。

我が物顔で世界中を侵略し、有色人種に対して肌の色、言語、文化、食事すべてに置いてコンプレックスを植えつけて、自らを正義と称して気に食わない国を滅亡させようとしているのはどこの国、どの人種だか、ちょっと考えればわかりますよね。

本来、日本人もアジアの各国の人も彼らを排斥すべきだと思うのですが...


さて話がかなり飛躍してしまいましたが、戦争の史跡を巡り、観光地での人々を見て思ったことをつらつらと書かせてもらいました。

ネガティブ思考の自分だから排斥などと書いていますが、
もしポジティブに表現するならば一番いいのは他国を嫌うよりも、自分たちの国に誇りをもつことではないかと思います。自分の国に誇りを持てないと外人と話していて恥をかくことになりますよ?

以上が、前半の総括です。
次回から、帰国後からの話をまたつらつらと書いていこうと思います。

ではおやすみなさい。
・春の旅九日目(タイ・バンコク、ベトナム・タンソンニャット)

朝、無駄に早く起きて、朝食をとる。
前日は水タバコ、ビールとかなり飲んだと思ったが、二日酔いは発生しなかった。
前日、ろくに朝ごはんを楽しめなかったので、今朝の朝食では思う存分に食事をとる。

その後、荷物をまとめて宿に一旦預けて、エメラルド寺院にむかう。

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途中、こういったところをぶらついてゆく。予定もなく時間もたっぷりあるからゆっくり回ろう。

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エメラルド寺院近くの王宮。

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エメラルド寺院。ワットプラケオ。観光客が多い!朝一番の時間帯でもバスが大量に止まっていてぞろぞろと観光客が入口へと向かっていってるのでその流れに沿ってチケット売り場まで行く。

ところがここで問題発生!
入場料500B...しかし所持金は400Bちょっと...
時間の余裕はあっても懐の余裕はないようだ。昨日のバーで使いすぎた!
一応ドルは持ってるが近くに換金できる場所はないし、今更手持ちのドルを変えたくない!とっておけば円安に乗じていくらか儲けられるかもしれないし←

小学生のとき、ノロでやられて見ることができなかったエメラルド寺院はすぐそこなのに...とても悔しかったが、割り切って北の方にある国立博物館へ向かう。こちらは200Bだったので入場できた。

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すぐ近くのワットプラケオはものすごい人がたくさんいるのに、こちらは人が全く見当たらない。近くに日本人女性らしき人がガイドと一緒に歩いていたのと、監視役の職員が暇そうに携帯いじっているのを見ただけだった。

博物館では、タイの歴史や文化財などを紹介していた。ほとんど英語とタイ語なので読めない&読む気にならない。台湾の故宮でも似たようなことがあったけか...

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博物館の敷地内には寺院もあった。こんなにきれいなお寺なのにいるのは自分一人。穴場を見つけた気分だった。
次にタイの王族の装飾品を展示場へ向かう。

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祭壇。

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象牙のアート。
ここの展示場は迷路のようになっていたので、出口が分からなくなったりした。

博物館を出た後、ちかくの広場でイベントをやっていたので立ち寄ってみる。

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読めない。しかし、広場の雰囲気を見ていると仏教徒たちによる集会だということがわかった。

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お祈りしながらみんな右回りに回っている。何を祈っているのだろうか。

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小さな像に金粉を張り付けている。

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一方でお坊さんたちによる説教も行われていた。さらに箒のようなものに水をつけて、聴衆に水しぶきをかけていた。

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エメラルド寺院もよく見える。ホント入れなかったのが悔しい...


さて、これでもまだ時間に余裕があったので、旅人がいなそうな街中の方へ繰り出してみる。
旅行者を見かけないような場所をぶらぶら歩いていると、ひっそりとたたずむ寺院を見つける。
ワット・マハン・プラ―ムというお寺らしい。
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お経を唱えてる所を後ろから盗撮。このお寺には地元民と僧以外に人が見当たらない。しかし建物や像は立派なものばかりだった。
男一人でぶらついていたからか、僧侶にも声をかけられた。タイ語だったので何を言っているのかわからなかったが、やさしい言葉づかいで顔も笑顔だったのできっと悪いことは言っていないはずだ。さすがほほえみの国。

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旭日旗に似た模様を見つける。日本に占領されていたときの名残...か?
Google先生にきいてもわからない。

このあたりでいい時間になったので、カオサンに戻り、適当に食事をとる。

その後、宿でバッグを取り、Airport Rail Linkの始発駅に向かうため、シーアム行きのバスに乗る。
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この旅で路線バスに乗るのはベトナム以来。ベトナムの方がきれいだったかも?
シーアム付近で降りたものの、どの方向に歩いていけばいいかわからなくなる。しどろもどろしてると、よほど困っているように見えたのか、近くを歩いていたおじちゃんに助けてもらう。
「シーアムからはちょっと遠いよ!」と言われたけど、大した距離じゃないし大丈夫!と返事をして歩き始める。

シーアム付近は発展していて、日本でいう渋谷とか原宿に似た雰囲気を醸し出している。
始発駅のパヤータイ駅の周りもそのような感じだったが、高架下の在来線沿いにはバラックの掘立小屋が軒を連ねていた。

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バラック小屋の街からとった一枚の写真。
このすぐ後ろにはビルが多く立ち並んでいて、中学生くらいの子たちがショッピングを楽しんでいた。一方で、こちらではこのような生活をしている人々が多く存在していた。

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川崎汽船の貨物も運ばれていた。主にこの鉄道は輸送のために使われているらしい。
タイのバンコクについたとき、ベトナムでもカンボジアでも感じなかった都会らしさを感じた。しかし、その一方で経済格差が広がっている。

ここには長居してはいけないと思い、立ち去ろうとすると、近くにいた老婆が、私の足元に唾を吐いた。旅行者としての自覚を持つべきだったと反省した。

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付近のビルから撮影した一枚。バンコクのスカイトレイン。この鉄道の奥の方にさき程の街がある。

本屋に立ち寄ったり、スーパーで買い物をしたりしたあと、Airport Rail lineに乗る。

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出来立てということもあってきれい。

これに乗って空港へ向かっていると、途中の駅で東京から来ている二人組の女の子たちと出くわす。彼女らは日曜に開かれている市場を見学していたらしい。

彼女らとともに空港に着き、チェックインカウンターで待ってると、関西三人組と他の女子二人組もやってきた。最後の最後で全員合流。
長かった旅も終わり、彼女らともお別れか...

その後、18時頃発の飛行機でベトナム・タンソンニャット空港へ。機内食を食し、寝て過ごす。

空港に着くと、乗換の時間が3時間程あったため、バーガーキングを食す等して空港内で時間をつぶす。もうここまで来ると食べることでしか時間をつぶせない。
ここで、関西組は関空行きの飛行機に乗るためお別れ。そして、東京組5人は成田行きの飛行機へ搭乗する。時間は0時過ぎ。10日目に突入したようだった。




・春の旅十日目(日本・成田)

搭乗し直ぐに就寝。
だいたい向こうに着くのは日本時間の6時くらいだから5時間以上寝られると思っていた....
しかし、実際は時差の関係でベトナムより一時間程早い上、到着一時間前には朝ごはんでたたき起こされた。気分の悪さが半端じゃない。

成田に着き、今にも倒れそうな感じになりながらも入国審査と税関を通過。
気がついたら他のツアーメンバーとはぐれていた。アドレスすら交換してないし悲しい別れ方だったなぁ...

その後はバスに乗って東京駅へ向かった。もちろんバスでは爆睡。

そこから寮に戻り、春の旅前半は終了した。
次は一週間後、成田から香港へ飛び立つ。



春の旅・東南アジア編終





...さて、旅行記の前半が終了しました。

このままダイレクトで香港に旅立ってもよかったんですが、諸事情により一旦一週間程日本で過ごしました。次の日記では、前半部分の総括、そして間の一週間であったこと、春の旅十一日目を書こうと思います。

それではおやすみなさい。
・八日目(タイ・カンチャナブリ―、バンコク)


レストランで食事を取った後、さっきまであったはずの小型バス・・・ではなくセダンに乗せられ、ほぼミャンマーとの国境近くサイヨークへ。

到着後、道路わきにツアー参加者全員が下ろされる。「滝ツボの方には登れるけど、保険かかってないから怪我しないでね。」とガイドに説明され、一時間程、自由行動の時間になる。ここで東アジア三人組(韓国人のI、中国人のZ)そろってサイヨークの滝へと向かう。

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サイヨークの滝。子どもたちが遊んでました。乾季のため、梅雨明けに比べて水量が少ないらしい。
Zと自分、そして韓国人の女性の三人で滝つぼにのぼる。Iは嫌がったので下でお留守番。

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滝つぼの一段目。四回程ころんで、そのうち一回は滝つぼに落ちかけた。そばにいたZに助けられた。本当に感謝してる。
ここで恒例の写真撮影。韓国人の方はモデルさながらのポーズを決めている。横にいた二人組の韓国人女性もわりとそんな感じで写真撮ってた。一方、Iは白人女性二人と話してた。
韓国人の女性は観光地であたかも女優のように写真撮影をするのが好きらしい。

余談だが、わりとこの旅で、観光客の行動を見て韓国人、中国人、香港人、日本人の違いがわかるようになった。台湾にいたときも、台湾人と大陸人の言葉の違いを聞き分けることができたし、旅行中ちょっと気にしてみるとおもしろいかもしれない。ちなみにこの旅の最後らへんでは人の話している言葉で上記の4人種を区別できるまでになった。

滝つぼからおり、付近のお土産やを散策。
すると、先ほど、Iと話していた白人女性を見つける。Iが声をかけ、彼女たちを自分とZに紹介してくれた。

すると二人は「Sです♪」「Nです♪」と日本語で返事をしてきたのだ。
彼女たちはロシア人で韓国に留学していると言った。韓国語はもちろん話せるが日本語も少しかじってるらしい。漢字で日本語をあきらめたそう。

韓国語ができるとなると、もうIの独壇場だった。韓国語で話をし始め、二人を独占する。彼、なかなかやり手だ。

その後、泰面鉄道に乗って途中まで帰るということで、鉄道に乗る。

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車内の様子。地球の歩き方では、地元の人間も使っていると書いてあったが、ほとんど外人だった。本数も上がり、下りともに一日二本程度とかなり少ない。この鉄道のチケットを取るのもかなり大変らしい。

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周りはこんな感じの田園風景が広がる。これはこれで好きな風景が見れた。

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途中から見えてきた絶景スポット。川沿いに伝統的な家が建ってる。

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後ろの方を撮影。絶景なので多くの観光客が写真を取ろうと必死になってる。
もちろん、自分もその一人。白人たちに負けじと写真を撮った。

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カンチャナブリーの街まで行くものだと思っていたら、よくわからない駅で降ろされる。ここから各自、セダンに乗せられて帰るのだとか。

最後に仲良くしてくれた韓国人家族に別れを告げ、自分、I、Z、韓国女性の4人はセダンに詰められて、3時間程車に乗って帰ることに。

車の中ではパスポートの見せ合いをしたり、自分たちの母国語についてメモを使って語ったり、各自睡眠をとっていた。韓国語で女性とIが会話してて「ウリナラ」が聞き取れたときは感動したし、日本人がほぼビザなしで旅行できることに2人は驚いていた。

バンコクに着くと、先ほどのツアー参加者たちもほぼ同じ位置に下ろされたため、見たことある人がたくさんいた。その中には先ほどの韓国人家族とロシア人二人組もいた。

するとIはロシアの女の子たちに駆け寄り、何か話し始めた。そして、自分とIを呼ぶなり、「この後、カオサンで彼女たちと飲もうと思うんだけどどう?」と言った。しかし、ここで韓国人の一人旅の女性は明日早いのでという理由で離脱。

結果、ロシア人2人、韓国人1人、中国人1人、日本人1人の計5人で飲みに行くことになり、各自準備してカオサン通りの東側の端にあるカオサンの看板前に再集合することになった。やはりこの韓国人、できる。

自分も滝で転んだせいで服が汚れていたため、シャワーを浴びて服を変える。時間があったのでついでカオサンでサンダル、SDカードを香港人のふりをして買った。


その後、みんなと集合し適当なカオサンのバーに入る。
さすが、ロシア人というべきか。酒にめちゃめちゃ強いし、水タバコを吸いまくる。
自分はビール一杯でべろんべろんになり、しかも水タバコを試したらさらに酔いが回ってしまった。だらしねえな。IやZもあまり強くないらしく、べろんべろんになってた。
そして、5人で何時間か飲んでたところ、話は音楽の話題になった。
「江南スタイル」の話になって、「JAPANESE STYLEはどういうんだ?」とZから振られたとき、酔いに身を任せてゴールデンボンバーの「女々しくて」の振り付けを見せつけたりしてた。

そんな中、Nが「日本のロックバンドが好きで、モスクワで日本のロックバンドのライブを見たこともある」と話しかけてきた。もしや...と思いバンド名を聞くと、なんと「DIR RN GREY」と返事が返ってきた。

このブログをちょいちょい見てる人なら知ってるかもしれないが、自分は根っからのDIR EN GREYファンで、度々ブログにDIRをネタにしてるし、ライブにも4回参戦している。

このとき、あまりにも嬉しすぎて、気がついたら彼女の手を握っていた。我ながら気持ち悪かった。

話を聞くと、彼女の友人にDIR EN GREYが好きな子がいて、その子に誘われてライブに行ったんだとか。ロシアでは日本のロックバンドは割と人気らしく、特にX JAPANとDIR EN GREYが人気があると彼女は言っていた。彼女曰く、K-popは邦楽とほとんど変わらないし、韓国に留学しているものの音楽はどちらかというと日本の方が好きとも言っていた。

そんなこんなで話をしていると、すでに2時を回っていた。Zに至っては明日朝9時のフライトで帰国するらしく、そろそろまずいということでバーを出る。
その後、〆にフォーを食し解散した。タイで過ごす最後の夜だったが、とても思い出深い夜だった。

そして頭痛と戦いながら宿に戻り、シャワーを浴びる。
酒は苦手だし金もかかるから決して飲まないと思っていたが、結果的に2日目でツアー参加者から一口だけいただき、3日目からは毎晩飲んでしまった。だけど、異国の全く知らない人たちと飲むのも悪くないなとか思いながら、就寝。
明日の夕方、日本へ一時的に帰国する。



八日目終

更新遅れてすいませんでした。

この日もなかなか濃い一日だったため、前半後半に分けたいと思います。


・八日目(タイ・バンコク、カンチャナブリ―)

朝起床。
朝食7時から、ツアー集合時間7時15分という過酷なスケジュールで一日が始まる。
朝食食べたとこのカウンターにいた人がかなりガタイのいいニューハーフだった。もうちょい努力しろよと突っ込みたかった。

小型バスに乗せられると、既に乗ってる人が何人かいた。自分の横にいたのは、なんと日本人の女子大生だった。こういったツアーで日本人を、しかも一人参加の人を見たのは初めてだったから話しかけてみた。彼女も一人で来てるらしく、今日はアユタヤへ行き、明日以降はカンボジアに単身で乗り込むつもりだという。あれ...?今日の目的地がおれと違うぞ。別のとこで参加者を分けるのか?

その子とカンボジアについて話してるうちに、車が止まり自分だけ下ろされ、女の子と離ればなれになってしまった。あの子かわいかったな...もっと話したかった...

別の小型バスが到着し乗るよう指示を受けるが、今度は満席で自分が座れる席は一つしかない。しかもその席の前に、別の客の荷物が置いてある。すると、状況を察したのかその席の隣に座っていたおばさんが「くぁwせdrftgyかばんlp」と言いながら後ろの家族と思しき人に荷物を回してくれた。「かばん」という単語が聞き取れたから多分、韓国人の家族だろうと思った。

一時間程バスに揺られて、カンチャナブリ―についたものの、ガイドが何か戸惑ってるらしくなかなか次の予定を教えてもらえない。
途中から、一人参加者は別に分けられ、自分とアジア系のお姉さん(韓国人)とスウェーデン人のおっさんが取り残される。これが一人参加者たちかと思ってると、「Can you speak English?」とおっさんが話しかけてくる。イエスと答えると、ツアーガイドの愚痴をこぼし始めた。途中から聞き取れなくなってったので「まあ落ちつけよ」と適当に相槌うってた。

結局、団体参加と同じスケジュールになったらしく、まず連合軍共同墓地へと足を運ぶ。
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ここには、日本軍の捕虜となり、餓えや泰面鉄道の建設工事でなくなった連合国軍の人々が眠ってる。

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周りにいる参加者は見た感じ、韓国人と欧米人が多いみたいだ。こんな中、第二次世界大戦の跡地を回るツアーに日本人一人ってクチトンネル以上にアウェーだと感じる。

適当に回って集合時間が近くなり出口付近まで来た時、同じツアー参加者の二人組の男性が英語で話しかけてきた。「どこから来たの?」と聞かれたので、若干戸惑いながらも日本と答えると、今度は日本語で「そうなんですか!?」と返事が返ってきた。日本人か!と思ったが、アクセントがわずかに違う。男性二人組は大学生で、話しかけてきた子は韓国人、もう一人は中国人だという。二人とももともと一人旅で来たらしいのだが、アユタヤで知り合って仲良くなり、一緒にツアーに参加したという。ここで東アジア3国が見事ばらばらにそろうとは...

そして、集合したあと戦争博物館前で下ろされて、自由行動となる。
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なかなか気まずくなりそうな外観。3人とも博物館に入る気はなかったため、「戦場にかける橋」で有名なクウェー川鉄橋へ向かう。

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クウェー川鉄橋。帰国後、父親から聞いた話だと、自分のひいおじいさんはここを通って、ミャンマーへと向かったという。そしてその途中で例の玉音放送を聞き、敗戦を知ったという。

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歩いて渡ることもできる。白人多し。

その後、集合時間まで近くのテラスでフルーツジュースを飲みながら雑談をして過ごす。
韓国人の彼は、X JAPANやSHAM SHADEが好きで、hideにあこがれてギターを始めたという。そして高校のときは第二外国語で日本語を習ったため、日本語が話せるのだとか。
中国人の彼は、瀋陽の大学でプログラミングを勉強しており、その知識を生かして中国の金盾を潜り抜けることができるという。FBのアカウントまで持っている。

途中、英語学習の一環で英語でアンケートを行っている子どもたちに話しかけられ、アンケートに答えたり、ヒョウ連れてるおっさんに驚いたりした。

そして、この後は川の上流にある象乗り場と竹のボート乗り場へと向かう。

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「bamboo」と聞いていたので、沈むんじゃないかと思っていたが、思ったよりしっかりとした作りのボートだった。

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しかし、表面に水が染み出してたので、靴がずぶぬれになった。
写真を撮っていると、一人参加の女性が写真を撮ってくれと言ったので、写真を撮ってあげた。そうしていると、今度はバスで隣に座っていたおばさんの家族も交じってきた。韓国人は自分の写真を撮るのが好きらしい。気がついたら、家族の皆さんと一緒に写真に写ってもらうくらい仲良くなっていた。

どこまで下るのだろうかと疑問に思っていたら、小型ボートが後ろから近づいてきた。なにをするのかなと思ったら、竹のボートと小型ボートをロープでつなぎ、出発地点まで曳いていった。なかなかあれな戻し方ですね。

船から降ろされ、次に象に乗る。
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餌を食べる象。なかなか乗り心地はいいのだが、象使いが乱暴に頭をたたくため、落ちそうなくらい揺れることも何度かあった。

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子ども象。

象に乗ったあと、レストランに行き食事をとる。
適当に取り合って食べる方式だったが、同席したのは中国人と韓国人。日本人の常識である「残さず食べる」を行うと白い目で見られる可能性があるので、マナーに気をつけながら食べる。

そして次に、サイヨークの滝へと向かう。



八日目前半終了
・春の旅七日目(カンボジア・シェムリアップ→タイ・バンコク)

朝6時くらいに起床。そして、荷物をまとめたあと、外へ行き軽く散歩。王の別荘周辺の道を散策。

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別荘前にあった建物と公園。シェムリアップは市内にも面白そうなお寺が多くあり、朝は多くの人がお参りに来ていた。

その後いい時間になったころ、小学校前で売っていたフランスパンのサンドを購入。
宿に戻る途中、朝ごはんを食べているライと遭遇。彼はカンボジア二日目のアンコールを案内してくれたクメール人だ。今日、シェムリアップを出ると伝えると、彼は電話番号を教えてくれ、また来た時には連絡してくれと言ってくれた。

ライと別れて宿へ戻ると、同日程参加者たちが集まり始めていた。

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宿を守るワンちゃん。元気がいい。今日でお別れ。
その後、今日の夕方帰国するというKとY、そして一日遅れで参加してるAが見送りに来てくれた。彼らはこの後、キリングフィールドへ向かうという。

カンボジアの最後の最後でこんなに世話になった人に会えるとは...思わず涙が出そうになる。

その後、ワゴン車に乗せられバス停へと向かった。

30分遅れでバンコク行きのバスが発車。これからまた長いバスの旅が始まる。
途中で、休憩所に止まり、行き先別に人が振り分けられる。周りを見るとバンコク行きは日本人がやや多めだった気がする。ガイドが説明してる横で中国人が大声で会話をし始める。そのためガイドがなにを言ってるのか聞き取れなかった。場をわきまえろ大陸人。

そしてお昼頃、国境に辿り着く。
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カンボジア国境。割とメジャーな国境らしく、人が多い。

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出国管理と入国管理の間にある街。奥にはカジノが見える。
カンボジアではUSドルが使えるため、リエルに両替はしていなかったが、お釣りでたまった100円分のリエルがあったため、ここでガムを買って消費。

しかし、この日は天気に恵まれ、とても暑い。出国管理は割とすぐ出られたが、タイの入国管理で行列となり時間を食った。しかも、ツアーメンバーがばらばらになっているため、一応他の子らの位置を確認しながら進んでいった。

結果、たかが300mほどの距離で2時間半かかった。
しかも、出国管理で荷物を勝手にもってかれた関西の女子大生一名は手数料と称して荷物と引き換えに5ドル持っていかれていた。

その後、人数が集まるまでタイ側の休憩所で待機。ここまで関西の女子大生3人組と行動していたが、他の東京から来た女子大生2人組が見当たらない。そのまま、ワゴン車に詰め込まれ、バンコクへと向かった。


移動中、タイでの予定で未だに悩んでいた。
実は小学生の頃、タイへ来たことがあった。アユタヤとバンコクをめぐる5日間程の旅行だったが、途中でノロに感染し、バンコク市内を見回らずに終わったという悲しい過去があった。

タイでの滞在時間は今日を含めて二泊三日程。
バンコク市内は最終日に十分見れるとしても、明日の予定はどうするか。あの頃見た景色をもう一度見に行くか、それとも別の場所へ行くか。ようはアユタヤか、ガイドブックで見つけたカンチャナブリーのどちらにすべきかで悩んでいたのだ。

アクセスならおそらくアユタヤの方がいいのだが、カンチャナブリ―の方が新鮮味がある上、鉄道関連の施設や自然など面白そうなものが多い。

カンチャナブリーに行きたい気持ちは強いのだが、アクセスがイマイチで鉄道もバスも時間が微妙だった。

考えた末、クチトンネルと同じく現地でツアーを見てみることにした...


そんなこんなで20時頃、バンコクのよくわからない場所に下ろされる。
関西の女子大生組とともに、カオサンを目指そうとするが、現在地が分からない。周りのいかつい兄ちゃんたちに果敢にも話しかけ、カオサンが近いことを知る。

割と歩いてすぐそこにカオサンはあった。

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夜のカオサンロード。宿のある狭い道に入るとアングラ感がすさまじい。しかし周りにいるのは日本人の大学生と白人ばかり。これにはさすがに幻滅した。

宿でチェックインをし、ツアーの申し込みデスクに突撃。カンチャナブリのツアーを見つけたので申し込む。

その後両替に向かったところ、関西3人組そして途中で離ればなれになっていた女子二人組と出会った。彼女らもうまく乗り継ぎができ、しかも運転手が飛ばしてくれたため、無事に着くことができたという。あともう二人程、同日程の女子二人がいたが、彼女らはどうやら飛行機でタイへ来ていたらしい。

彼女らと別れたあと、とりあえずカオサン周辺を散策することにする

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タイのマクドナルド。手を合わせていることで有名。こういうところに来ると一食くらいこういうジャンクフードの手を伸ばしたくなる。

そして、カオサンの外れの通りをぶらぶらしていると、屋台村を見つけた。ここらでご飯を...と思っていたら、どこかで見たような顔を人を見つける。シェムリアップからのバスに乗っていた日本人の男性2人組みだった。特に今まで話していなかったが、目があったので声をかけてみた。

彼らは大学生で、一カ月程、ベトナム、カンボジア、タイ、ラオスを回る予定だという。
話を聞いていると自分とほぼ同じような日程、順路でここまで来ているようだった。
さらに話しこんでみると2人の地元が自分と同じ群馬であることも判明した。これまたすごい奇跡だ...その後、地元トークでかなり盛り上がった。

会計のとき、店員に、タイ語でのありがとうの言い方がわからなかったため「Thank you」と言ったら「欧米か!」と日本語で突っ込まれた。東南アジアでの日本の影響力...

その後、コンビニで水を買った後、宿に戻って支度をして就寝。


七日目終


※日記外コラム

・東南アジアでの日本の影響
「ベトナム人は日本人を見ると「アジノモト!」って言いますヨ」ベトナムでガイドがそう言っていた。味の素はベトナムに進出した最初の日本の企業だとか。事実、ベトナム内のコンビニの飲料の多くは味の素で作られている。さらにベトナムはバイクの普及率が高く、しかもほとんどが日本製だ。特に若い人たちにはヤマハのバイクが人気らしい。だから、日本人だとわかると、喜ばせようとするためか「アジノモト、カワサキ、スズキ、ヤマハ」と日本の企業を羅列するのだとか。
これまで旅行記では、度々日本、あるいは日本語をネタにする人を書いてきた。この後も、タイ、香港、中国で出会う人々の中には日本フリークが割と続出する。
日本から一歩外に出てみると日本の文化に夢中になる人がわりと多く存在する。日本はガラパゴスのような文化の発展をしている等と言ってる人もいるが、実はそれは欧米から見ただけであって、アジアでは日本の音楽、ファッション、アニメにハマり、その価値を認める人が多く存在する。最近はどうも韓国の音楽も発信力が強いみたいだが、それでもジャパニーズカルチャーのゆるぎない強さをこの旅では実感することができた。



・バナナ・パンケーキ?

タイのカオサンに着いたとき、とても幻滅したことを覚えている。
カナダにいったとき、カナダ人の英語の教員の一人はタイが好きだと言っていた。これが欧米人の好きなタイという国か。まるで、ヨーロッパにいるような感覚だった。
出ている料理はほとんど外人向けのものばかりで、物価も高い。現地の人は者売り以外全くいない。店も日本で売ってそうな服やバック、財布を売る場所ばかり。飲食店も洋風のバーだらけであった。ベトナム、カンボジアでも多少は違和感を感じてはいたが、カオサンは欧米人向けに進歩しすぎている感じがした。しかも日本人も多くいたため、外国にいる感じもしないことがあった。

帰国後、wikiで調べてみるとカオサンに不満を持つ人は他にも多くいることがわかった。
欧米人向けの観光地になることをバナナ・パンケーキ・トレイルというのだとか。

前にも、さらっと書いたが、白人たちがアジアを支配した頃から、この世界は白人中心で回っている。彼らもその気になっているのか、旅行中に見た彼らの行動、彼らの影響を見ているとどうしても好きにはなれない。正直なところ、この旅で白人嫌いになったところはある。

現在嫌中、嫌韓が広がる日本だが、本来嫌うべき相手は欧米諸国ではないかと考える。彼らのアジア占領が始まってから、それまで安定していた三国間の仲がおかしくなり始めた。戦争が終わった後も、日本人の持つ価値観をすべて捻じ曲げ、対外でのコンプレックスを感じる国民性に拍車をかけてきた。中国、韓国の反日教育、暴動をしょっちゅうやってるが、本来の敵は日本ではないことに気がつくべきではないか。

たかが数週間旅行しただけでこんなことを言うのも大げさだが、旅行地の白人の多さを見てそう思ったのだった。
カンボジアに来て少し気になっていたが、シェムリアップ内にハングル文字の看板があふれかえっていた。大きめのお土産やでは、看板にハングル文字ででかでかと文章が書いてある。一方で日本語の看板をほとんど見なかった。

ライいわく、それらの店は全部韓国人が経営しているものらしい。
韓国人がお土産屋を経営し、韓国人旅行者をツアーで連れてきてそこで金を使わせる。マーケットのものは危険だからと買わず、現地には一銭もお金が落ちていかないのだとか。

「韓国人は頭がいいよ。韓国人のお金は全部自分たちの国に戻っていく。」
皮肉交じりに彼はそう言っていた。

フォローを入れておくとシェムリアップ郊外に韓国の共支援で建設された道路を六日目に見かけたので、韓国もカンボジアに支援を行っていると考えられる。しかし上記のようなこともあってか、いまいち現地の人からは支持を得られていないようだ。



・春の旅・六日目(カンボジア・シェムリアップ)

前日よりもすこし遅く起きる(7時)
KとYと宿のテラスで待ち合わせて、朝ごはんを食べた後、レンタルサイクルへ向かう。

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1台1ドル。デポジット無し。日本人はやはり信用されているんだろうか。自転車は世田谷から輸入した中古品だった。

地雷博物館を目指してアンコールの方角へ自転車をこいでいったところ、チケットの検問に引っかかる。アンコール周辺を通るには必ずチケットが必要なようだ。
地雷博物館を目指しているんだと言っても聞いてくれず、あきらめて迂回ルートを探すことに。

一旦シェムリアップの街中へ戻り、東へ自転車を走らせる。途中アンコールワットの東側へ向かう大きな道を見つけ、ひたすら北へ向かう。

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途中ちょっとした休憩所を中継。前回の日記で触れたガソリンが販売されていたので、それについて彼女たちに教えたり、水を飲んだりして休憩時間をとり、さらに北を目指した。
だが、道の終わりのT字路でまた検問に引っかかる。チケなしの場合、クメール人のガイド付きでなければ通過させてもらえないい言われてしまった。自転車で行くより、トゥクトゥクの方がいいよとまで言われる始末。

かなりへこみそうになったが、また休憩所まで引き返す。
しかし、休憩地点で周りをよく見渡してみると、舗装されている道路に直角に交わる(東西方向に伸びる)未舗装の道路があることに気がつく。
手持ちの地図で確認すると、そのポイントと思われる場所から、未舗装の道をひたすら東に行くと、東バライ経由で博物館へ向かう道にぶつかることが判明した。

未舗装の道を行くということは、地雷の危険性も多少はあると考えられる。しかし、シェムリアップ近郊ならおそらく大丈夫だと判断し、未舗装の道を行くことにする。

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未舗装ではあったが、周辺に多くの集落があったため使用頻度はわりと高めの道路らしく、整備もきっちりしていたため、思ったより走りやすかった。
走っている途中、子どもたちに「ハロー!」と挨拶される。嬉しくてつい、「チョムリアップスオ!」と返す。
3,4kmほど進んだところでまた、北へ延びる舗装された道路にぶつかる。この道に乗ろうということになり、北の地雷博物館を目指す。

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やっぱ舗装されてるとこのほうが走りやすい。途中で地雷博物館まで~kmという看板を見つけ、ここの道をひたすら北上することにする。

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東バライ内にある町で休憩。

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バナナの揚げ物。Kはモンキーバナナを買って食していた。モンキーバナナはその日の非常食として役に立つ。

3人で固まっていると、警察官が近寄ってきた。例のごとく、チケットを見せろというのだ。今まで通ってきた道はバンテアイ・スレイというアンコールの遺跡に通じる道でもあり、ここの町は旅行者の中継地にもなりえる場所だったのだ。そして、ここは東バライの町で一応遺跡の敷地内であるため、建前上チケットがなければ入れないことになっているのだ。アンコールの遺跡目当てではなく、アキラーの博物館へ行くというと、かなり驚かれたが、警官もなかなか引き下がらなった。しかし、ここでKがどうにか説得して、その場をしのぐことができた。

そうしているうちに今度は、トゥクトゥクの運ちゃんたちが群がってきた。「博物館は遠いよ!連れてってあげる!」と言ってきたが、ここでもKが「I want to challenge!」と言って運ちゃんたちを追い払った。
この子...できる...!

この町を離れ、およそ30km程北上していった。
道中、道のそばにある集落にいる人々にあいさつをしながら進んでいった。自分たちが挨拶をすると快く挨拶を返してくれるのだ。
クメール人は初対面の人に対して険しい顔つきをするが、こちらが挨拶をすると、急に笑顔になって挨拶を返してくれる。今までカンボジアにはまる日本人を何人か見てきたが、この国にはまる理由もわかる。カンボジアはけして裕福ではないが、人々の心は日本人以上に豊かだと感じた。

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13時頃、紆余曲折あったが、ようやく地雷博物館へ到着。お昼時なので食事をとることに。

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昼食はフライドライスを食した。ここでココナッツを初めて飲む。味はちょっと薄い。

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カンボジアにはいまだに内戦時に埋められた地雷が多く埋められている。この博物館のアキラー氏は地雷撤去を行う団体のリーダーで、現在も地雷撤去のためにカンボジア中を飛び回っている。ちなみに、アキラーという名前はJICAの日本人からもらった名前だそう。

カンボジアの地雷問題は現在まで続いている問題であり、カンボジアに来たからには見るべきだと感じたため、この旅で訪れることを決めた。

博物館には今まで撤去してきた多くの地雷、兵器、そして地雷によって手足を失った人たちの写真、資料が展示されている。内戦以降、子どもたちが偶然見つけた地雷で遊んでいて、爆発してしまい、手足を失ってしまうことが多く発生したらしい。そこにはそういった子どもたちの書いた絵も多く展示されていた。地雷によって子どもたちの手足がなくなり、大人たちにだかれ、血まみれになって泣いてる場面を描いた絵を見たとき、今まで見てきた写真以上の悲しさ、おぞましさを感じた。

同行した彼女たちも、黙ってその展示物を見ていた。それらを見て感じたことをシェアしなかったことを今更ながら悔やむ。
売店も併設してあったため、そこで売っていた野老康宏氏の「生と死と地雷と」を購入。売上は手足がない子どもや親のいない子どものためにつかわれるという。現に博物館の横には孤児院が併設されていた。

1時間ほど過ごしたあと、あとはひたすら自転車をこいで帰るだけとなった。
帰りは未舗装の道ではなく、さらに南下して国道と交わるところを西に向かい、シェムリアップへ帰ることにした。
途中、ゴミの多く不法投棄されている場所を見て現実を見た気になりながら、ひたすら南下していった。

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行きで通った未舗装の道を過ぎたところにあったカンボジアの小学校付近でもいったん休憩。子どもたちの声が聞こえた。

帰りは舗装されている道だったためか、とても早く町へつき、街中のガソリンスタンドでアイス食べたりしながら帰った。ガソリンスタンドはわりとなんでも揃ってるので旅行者もよく寄るのだとか。

そして5時半ごろ自転車をレンタサイクル屋へ返し、宿へ帰る。
6時半に昨日一緒に飲んでいた一人旅の男の大学生(A)と待ち合わせしてるため、それまで解散ということになった。

眠かったので、一時間ほど寝てもよかったのだが、今日しかカンボジアにいられないということで、体に鞭打って、宿にある唯一の自転車を借りてキリング・フィールドを目指すことにした。

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キリング・フィールドはクメール・シュシュの革命時に多くの人が連れてこられて、殺された場所だ。当時は自分のスプーンを亡くしたなどのささいなことで投獄され、すぐ死刑になったという。ここには収容所や、殺された人々の骨が山積みになって展示されている。さすがに写真を撮る気になれなかった。

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ここには寺院がいくつか併設されている。そこにいる僧侶たちはおだやかな顔で祈りをささげていた。写真にある建物のなかには大きな仏が奉納されている。その前で、今後の旅の安全と犠牲者の安眠を祈り、キリング・フィールドを後にした。

A、K、Y、そして宿の管理人さん(日本語喋れる)と待ち合わせ、パブ・ストリートへ向かう。
お店でビールを飲み、ワニ肉、カエル肉、ヘビ肉、羊肉などなどの焼き肉を食した。シェムリアップ内にワニ園があるのは知ってたが、まさか食べられるとは。カエル肉が一番おいしかった。
この旅の話だけでなく、恋人などのプライベートな話を打ち解けて話していたが、一方自分は途中からアルコールにやられて若干意識盲ろうになった。2件回ったけど、2件目ではもはや寝てた。迷惑かけてほんと申し訳ない。

宿に戻り、ビリヤードをして遊んでいたが、先に就寝させてもらった。
シャワーを浴び荷物をまとめる。明日はおよそ10年ぶりのタイだ。小学生のころに訪ねたタイではノロにやられたが、今度こそタイを楽しむぞ。


六日目終