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このブログは、2022年秋に見つかった子宮頸がんの
私の闘病記録です。
Jacky

 
 
2022年12月。
 
 
ピンク薔薇
 
 
手術前日の夕方。
 
 
主治医と一緒に
私の手術を執刀してくれる先生が
病室に来てくれました。
 
 
(執刀医)
子宮頸部の腫瘤が何なのか、
おなかを開けてみないとわからない状態で。
 
もしかしたら、(良性だった場合)
取り過ぎてしまうことになるかも
しれないけれど、
それが悪性だった場合は、
命に関わります。
 
 
先生は
私が術式にすぐに納得しなかったことを
認識しているようで、
丁寧に説明してくれました。
 
 
« 命 »という言葉が頭に残って、
私ははじめて自分の置かれている状況を
理解しました。
 
 
ピンク薔薇
 
 
手術当日。
 
 
朝、いやな浣腸が終わって
手術室に呼ばれるのを待つ間、
緊張はしませんでした。
 
 
手術着の先生や看護師さんたちに
挨拶をして、
 
 
ふらふらと手術台に自分で乗り、
 
 
硬膜外麻酔を刺してから
仰向けに体勢を整え、
 
 
静脈麻酔でうとうとし始めて...
 
 
ピンク薔薇
 
 
« ……ckyさーん……Jacky さーん… »
 
 
…主治医が私の名前を呼ぶ声で
目を覚ましました。
 
 
言われるままに口を大きく開けて
喉から挿管チューブが引き抜かれたあと、
ベッドが動き出しました。
 
 
再び目をつむって
ベッドの振動やいくつかの曲がり角を
意識の向こうで感じているうちに
エレベーターが止まり、
病棟フロアに到着したようでした。
 
 
重い瞼をうっすら開くと
視線の先にの姿が、
小さくぼやけて見えました。
 
 
コロナ禍の状況だったので、
病室には入れません。
 
 
少しの間、
ベッドが廊下の途中で止まり、
母が « Jackyちゃん… » と近づいて
子供の頃に熱を測るように
おでこにそっと手を当てました。
 
 
私はとにかく母を安心させたくて、
毛布を押しのけて左手を伸ばし、
« 大丈夫 » と言って、
母の手を握りしめました。
 
 
私の手に力は入っておらず、
とても冷たかったそうです。
 
 
ピンク薔薇
 
 
ベッドが再び動き出しました。
 
 
もといた大部屋に戻ると、
数名の看護師さんたちが
私の身体に心電図の電極や酸素マスクを
手際よくつけていきました。
 
 
カーテンの向こうに
私を覗き込む執刀医の姿が見えて、
私はかすれた声でお礼を言いました。
 
 
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全身麻酔から目覚めたとき(2022年12月)

 
 
 
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