そういえば、私が十二国記シリーズで一番好きだったのは『月の影 影の海』でした。

初めて手に取って、没頭するように一気に読み切ったのを覚えています^^


ちょうど私が15歳。17歳の陽子と大差のない女子高生だった頃。

そして、陽子のありようが、どこまでも自分と重なって見えていた気がします。

だからこそたった一人、帰る場所も行くあてもなく、騙され裏切られ心身ともに荒んだ陽子が、

自ら答えを見つけだし、強くあろうとたちあがった姿に、どうしようもなく胸をうたれました。



あれから約十年。

蒼猿と対峙する場面は、やはり胸の高鳴りを感じました。




正直、十二国記シリーズが新たに出版される話を聞いて私は少し不安でした。

あれほど私が十二国記に傾倒したのは、私が十代だったからではないだろうか、と。

あれから十年、成長も退化もどちらも自分が想像する以上に私は変わってしまったはず。

変わらないわけがない。

今の私がもう一度読んで、どう感じるのだろう。

子供っぽい、とがっかりしてしまったら、すごく嫌だ。

大好きだった作品を大人になって読んで、それが小さく見えるのはとても悲しいこと。


けれど、あぁやっぱり好きだな、て思いました。

確かに女子高生の陽子が抱えていた悩みは

同じく女子高生だったからこそ共感できた問題で、

今はやっぱり通り過ぎてしまった悩みに思えてしまう。

十代特有の悩みなんだと。

大人なる過程で、どこかで折り合いをつけたんでしょう。



でも、蒼猿と対峙した陽子が、

己の弱さと醜さと向き合った陽子が放つ言葉はやっぱり光っている。



「世界も他人も関係がない。胸を張って生きることができるように、強くなりたい。」

本当にそう――。


「陽子自身が人を信じることと、人が陽子を裏切ることは何の関係もないはずだ。陽子自身が優しいことと他者が陽子に優しいことは、何の関係もないはずなのに。」

私たちはいつも、他者との関わりに傷つく。

けれど、傷つけられたからと言って頑なになってはいけない。他者を傷つけていい理由になんてなるはずがない。

己と他者を切り離して、己のありたい様に強くなっていかなきゃならない。

それは十年たった今の私にこそ響く言葉でした。



随分久しぶりに弱い陽子を見たな。。。


ここからはじまっていくんんですね^^




「裏切られてもいいんだ」(陽子)

読みました!

十二国記第一弾!


壮大な物語の序章ですww



今回もですが、初めて読んだ時もすでにシリーズの他作品を読んだ後だったので、

ホラーファンタジーなのに、まったく怖くなく。。。。

むしろ、幼い泰麒の姿がどうしても頭の片隅にあって、

「泰麒・・・」

と切なくなりますよね・・・


しかし、ここまで酷かったのか。。。と再読して思いました^^;

これは、『黄昏の岸 暁の天』で麒麟たちが近寄ることができないわけだ。


しかしサンシや傲濫、さらには広瀬もですが、

執着がなんとも。。。。

全部そこなんでしょうけどね。。。



これを読んじゃうと、『黄昏の~』後がやはり気になりますよねw

戻った泰麒がどうなっていくのか。

血と呪詛にまみれた麒麟。

でも混迷を極める泰国には、そんな麒麟こそが必要なのかもしれない。

優しく穏やかだっただけの小さな麒麟が、人の醜い性を知って泰をどこへ導いていくのか。



あぁ早く新作!!






「思い出した」(泰麒)

先日フライングして下を読む前に感想をUPしましたが・・・^^;

読み終わりました。


なんだか途中までは、面白くて読み終えてしまうのが惜しくて、

できるだけゆっくりゆっくり読んでいたのですが、

ラストが近づくにつれて、

なんだかもう寂しさがつらくてつらくて、最後の数章は一気に読んでしまいました。



寂しい。



悲しい。



なんと表現してらいいのでしょうか。


けっしてバッドエンドではないんです。

むしろ悩みに悩んだ奈津がようやく一つの答えにたどり着いたのに。

そしてその答えは、おそらく一番しっくりするものなのに。

だからこそ、どうしようもなく寂しい。


「なんて、さびしい。どこまでも自由であるとは、こんなにもさびしいことだったのか――。」


あぁ、どうしよう。

書きたいと思っていたことはもっといっぱいあったのに、

読みながらいろいろ付箋つけたのに、

最後まで読んだらもうどうしようもできなくなってしまいました^^;



「<恋愛ってさ。いくつになっても上手にならないよね>

 前に、溜め息とともにそう言っていたのは杏子だ。

<何べん繰り返しても、結局は若い頃と同じようなことに傷ついてさ。同じようなとこでつまづいてさ。かえって引きずるものが増えていくぶん、昔よりどんどん失敗しやすくなってく。何にもいいことなんかありゃしない>」


本当にそう。

何回も何回も繰り返してきた。

あとから振り返ればなんともまぁ滑稽に媚びてみせ、

火遊びをしては失敗し、

投げつけた言葉に叩き付けられた言葉にどうしようもなく傷ついて、

もういいとあきらめるのに。

すぐに新しい寄る辺を見つけては、過去のことには生理的に決別し、

手のひらを反してまた媚びていく。

それが女という生き物の、そして恋愛の本質なのかもしれない。

寂しくて、みじめなその事実を、淡々と取り繕うなくこの作品は語りだしている。


と、同時に自由で奔放に強く生きている世の女性たちを

慰めているのかもしれない。




最後に、↓のこの言葉に、納得しました。

今までの自分が恋愛において躓いてきた根本的な原因はこれなのかもしれない。

そしてこのことに私はこれからも傷ついていくのだろう。



どれほど愛し合っていても男と女はじつはまたく別の幻想(ファンタジー)を見ているのだ