ここだけに飾る。
昨年、写真のコンテストや募集のあったものの結果が出たので、また載せてみました。
最後の応募と決めていたので、もう出品することはないと思います。
たくさんの力作の中に、見たこともない景色の写真とか、写真もいいのが撮れるときと、撮れないときがあるので、ある種、運だと思う。
そして、その運を掴むための技術だったり、足を運ぶ体力と時間。どれも欠けては成せないことです。
写真を撮ることを商いにすることは、売れっ子画家になることに匹敵するぐらい、難しい職業です。
今はデジカメがもてはやされ、3000万画素というフルサイズ(確か、フィルムと同じになったと聞いた)になったそうで、カメラマンがパンフレットに嬉しそうな笑顔で、コメントと共に載っていて、それはそうだろうなと、羨ましく思ったものです。
本体と、レンズを数種類、最新の一眼レフは、ものすごく高い。
カメラはお金がかかりまくるのです。
コンテストで賞金を獲ても、とんとんどころか足が出る、お尻が見える、腹が出る、風邪を引く、そういうものです。
趣味でするにも高額だから、金持ちの娯楽と言って、昔の先人様はカメラに夢中になることを冷静に考えろと教えてくれました。
カメラでお小遣い程度、コンテストで貰えたらいいぐらい。
それも今は写真を撮る余裕もままならないから、ブログだけで十分…載せる写真、あるかな。

これは、以前に紹介した京都水族館の写真。
なんという魚さんか知らないけれど、嬉しそうな感じ。

これは、先ほどの魚さんの後ろにぼやけて写っていた、ウツボさん。なんだか、楽しそう。

そして…何か思うところがありそうな魚さん。目は口ほどものを言うというのは、そのとおりだと思う。
この3点は、フィルムの写真を携帯で撮り直して、インターネット上からの応募だったから、多少、ニュアンスが違うかもしれない。

これは、最近プロフィールの写真にも変更したアヒルさん。
去り際の貴婦人、アヒルさん。
埼玉県で募集があって、アオサギさんがズラリと川に並んで、上がってくる魚たちを狙っている写真が一番でした。
すごいけど、魚たちを食べ尽くさないでほしいと切に思いました。いくらなんでも、アオサギさん多すぎる。
写真と、CD-ROMにデジタル画像を入れて応募したけど、プリントすると上手く写真に仕上がらないという欠陥は、克服できなかった作品。
デジタル画像で見る分には、問題ないのにね。
そういう訳で、今回も入賞なし。
最後の応募と決めていたので、もう出品することはないと思います。
たくさんの力作の中に、見たこともない景色の写真とか、写真もいいのが撮れるときと、撮れないときがあるので、ある種、運だと思う。
そして、その運を掴むための技術だったり、足を運ぶ体力と時間。どれも欠けては成せないことです。
写真を撮ることを商いにすることは、売れっ子画家になることに匹敵するぐらい、難しい職業です。
今はデジカメがもてはやされ、3000万画素というフルサイズ(確か、フィルムと同じになったと聞いた)になったそうで、カメラマンがパンフレットに嬉しそうな笑顔で、コメントと共に載っていて、それはそうだろうなと、羨ましく思ったものです。
本体と、レンズを数種類、最新の一眼レフは、ものすごく高い。
カメラはお金がかかりまくるのです。
コンテストで賞金を獲ても、とんとんどころか足が出る、お尻が見える、腹が出る、風邪を引く、そういうものです。
趣味でするにも高額だから、金持ちの娯楽と言って、昔の先人様はカメラに夢中になることを冷静に考えろと教えてくれました。
カメラでお小遣い程度、コンテストで貰えたらいいぐらい。
それも今は写真を撮る余裕もままならないから、ブログだけで十分…載せる写真、あるかな。

これは、以前に紹介した京都水族館の写真。
なんという魚さんか知らないけれど、嬉しそうな感じ。

これは、先ほどの魚さんの後ろにぼやけて写っていた、ウツボさん。なんだか、楽しそう。

そして…何か思うところがありそうな魚さん。目は口ほどものを言うというのは、そのとおりだと思う。
この3点は、フィルムの写真を携帯で撮り直して、インターネット上からの応募だったから、多少、ニュアンスが違うかもしれない。

これは、最近プロフィールの写真にも変更したアヒルさん。
去り際の貴婦人、アヒルさん。
埼玉県で募集があって、アオサギさんがズラリと川に並んで、上がってくる魚たちを狙っている写真が一番でした。
すごいけど、魚たちを食べ尽くさないでほしいと切に思いました。いくらなんでも、アオサギさん多すぎる。
写真と、CD-ROMにデジタル画像を入れて応募したけど、プリントすると上手く写真に仕上がらないという欠陥は、克服できなかった作品。
デジタル画像で見る分には、問題ないのにね。
そういう訳で、今回も入賞なし。
欲との戦い?
ブログネタ:自分は我慢強い? 参加中我慢強くなったほうだと思う。
我慢といえば…そんなに我慢はしていない。好きな服を我慢して買わないとか、料理店で美味しい食べ物を我慢して入店しないとか…ない。
正社員を続けていて、安定した給与を手取り25万ぐらい貰えているようなら、「いろいろ我慢している」とか、エステだの、化粧品だの、健康食品だの、うるさいくらい書いて、お散歩日記とは程遠いものになっていたと思う。
我慢というのは、欲を抑えていること、甘えを抑えていることだから、子どもの頃にお菓子やおもちゃ、好きなテレビ番組を視ることなど、我慢することがあった。
大人になればなるほど、辛抱することが大事になると思う。そして、私は大分、辛抱強くなったなぁと思っている。
辛抱することは、甘えを許さない自分がいなければ、達することのできないことです。
我慢してするのは、嫌々することだから、ストレスになります。
勉強を嫌々しても、身に入りません。
やりたくないことをするのは、苦労です。
楽をしたい気持ち、甘えが勝っているから、我慢です。
自分にとって必要な知識なら、勉強が苦手でも必死にします。
苦労してでも身につけたいから、余分な感情に流される時間がありません。同じ苦労ですが、全く質が異なります。
ライバルに勝ちたい。でも、実力に差がある。
「足を引っ張ってやれ」これは、楽をしたい気持ち、甘えが勝って我慢できていません。
幼い子どもが、自分より他の子を構ったと嫉妬するレベルです。
「悔しいけど、力をつけて次は勝つ」これは、楽をしたい気持ち、甘えを許さず、辛抱しています。
一生懸命頑張って身につけたことは、ライバルにはとどかないこともあるかもしれません。けれども、過去の自分より実力はついているので、自信をもっていいのです。
ライバルは自分だというのは、怠ける、甘える自分を抑えて、どれだけ自分を高められるか、維持できるかということです。
人を思いやること、人を許すこと、人を愛すること、これらも辛抱強さが必要になります。
赤ちゃんがいうことを訊かなくて困る、ストレスになるのは、それだけ自分が辛抱してこなかった、好き放題して生きてきたからだと思います。
いうことを訊いてきた、苦労もしてきたかもしれませんが、辛抱してこなかったのです。
我慢は、ご飯を前に待てする犬でもできます。
猫は、我慢を知らずだから、知らない間に持っていかれたりするけど。
人は辛抱できて、人なのかなと思います。
おさるバーガー営業中。
早朝から、モーニングの準備を終えて、レジカウンターでお客を待つ店員たち。
横断歩道を渡って、お店に近づいてくるお客を見つけた。
「あ、あいつ確かさぁ」
ニヤニヤした店員たちの顔と顔が向かい合う。
自動ドアが静かに開いて、お客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
掛け声を出して、しばらく経過したけれど、お客は、店内をキョロキョロ見渡して、注文するのに手間取っているようだ。
やっと決まった注文を聞いて、レジで精算処理をしてから、定番バーガーを入れた紙袋をカウンターから手渡し、
「ありがとうございました」
とマニュアル通りに挨拶する。
完璧なはずなのに、定番バーガーを受け取ったお客は不満そうな顔をした。
そのまま、お店を出るのかと思えば、店内の空いている席を適当に歩いて座った。
意味が分からない。
むすっとして定番バーガーを食べているお客。
「あいつはいつも、道で食べているって聞いたろ」
「そうだよ。間違いないし」
「ああー、ややこしいやつだな」
そうこうしていると、今度は2名のお客が入ってきた。
注文は決まっているらしく、セットで頼んできた。
店内で召し上がるとのことで、トレイをカウンターに置いて、バーガーとポテト、飲み物をささっと手早く置く。
お客はまた、驚いたような困ったような顔をして、トレイを受け取り、好きな席へ歩いて座った。
「飲み物が溢れなくてよかったね。ここの店員は対応が悪い」
定番バーガーを食べ終えた、ややこしい客が呟く。
「クレームか。おいおい、勘弁してくれよ」
「店長に報告したほうがよくないか」
店長が奥から出てくると、ややこしい客はお店を出るところだった。
「外国人は困るな」
店長の言葉に、クレーマーは言葉を無くしたようにお店を出ていった。
「近ごろ、変な客が多くない?わがままっていうか、こっちが仕事していてしんどいの分かってないよね」
「客にしたら、休みで楽なんだろうけどさ」
「
ちゃんだったら、バイトしてるの分かってくれて優しいから、こっちもサービスする気になるけど」
「そうそう、気遣い出来てる子がいいね」
「ところで、さっきのクレーマーの話。本当の話なんだろうな。なんで、店内で食べるんだよ」
「誰か陥れようとしたんじゃない?お店ごと潰そうと企んでいたとか」
「最悪だな」
「あはは、まさかぁ」
「誰か恨まれたの?」
「知らないけどさー」
「早く時間が過ぎないかな」
「本当、疲れるよな」
和気あいあいと、皆仲良く楽しく仕事ができるお店。
こうして本日も無事に営業終了。
※ フィクション…だから(願)。
余談:
メールやインターネット上でやり取りばかりして、ホスピタリティが磨けなかった、悲劇の人たちのお話。
本やテレビといった情報のみで、知ったかぶりになってしまい、ある種、苦労知らずで楽に生きてこれたために、本当のことが分からなくなった人たち。
瞬時に個人が情報を発信し、共有できる環境にあって、その人の行動をキャッチできたとしても、気持ちまで汲むことができない。
それは、例えば待つことが分からないことも言えるかもしれない。
バス停でバスを待つ。待っている間、どう時間を過ごすかはその人の気持ち次第。
いつも時間にお車が待っている人たちには、移動するときの待たされる体験がないから、バス停でバスを待つと聞いても、理解できているようで、知ったかぶりになってしまう。
歩くほどの速度でふらふらと自転車で転んだ男の子は、私がスルーして通り過ぎるのを見て、「冷たい」と批難していたけれど、擦り傷すらしてなくて自分でさっと立ち上がれたのに、「大丈夫?怪我はない?痛かったわね」とすぐさま駆けつけて慰めたりするのは、演出だと嘘くさくてやってられない。
演出を本当だと思うのは、勘違いも甚だしい。
それも行動だけ見て、気持ちが分からないことの1つに数えられるだろう。
イメージだけの知ったかぶりは、赤ちゃんの夢ある純粋な気持ちだけで十分だと思う。
横断歩道を渡って、お店に近づいてくるお客を見つけた。
「あ、あいつ確かさぁ」
ニヤニヤした店員たちの顔と顔が向かい合う。
自動ドアが静かに開いて、お客が入ってきた。
「いらっしゃいませ」
掛け声を出して、しばらく経過したけれど、お客は、店内をキョロキョロ見渡して、注文するのに手間取っているようだ。
やっと決まった注文を聞いて、レジで精算処理をしてから、定番バーガーを入れた紙袋をカウンターから手渡し、
「ありがとうございました」
とマニュアル通りに挨拶する。
完璧なはずなのに、定番バーガーを受け取ったお客は不満そうな顔をした。
そのまま、お店を出るのかと思えば、店内の空いている席を適当に歩いて座った。
意味が分からない。
むすっとして定番バーガーを食べているお客。
「あいつはいつも、道で食べているって聞いたろ」
「そうだよ。間違いないし」
「ああー、ややこしいやつだな」
そうこうしていると、今度は2名のお客が入ってきた。
注文は決まっているらしく、セットで頼んできた。
店内で召し上がるとのことで、トレイをカウンターに置いて、バーガーとポテト、飲み物をささっと手早く置く。
お客はまた、驚いたような困ったような顔をして、トレイを受け取り、好きな席へ歩いて座った。
「飲み物が溢れなくてよかったね。ここの店員は対応が悪い」
定番バーガーを食べ終えた、ややこしい客が呟く。
「クレームか。おいおい、勘弁してくれよ」
「店長に報告したほうがよくないか」
店長が奥から出てくると、ややこしい客はお店を出るところだった。
「外国人は困るな」
店長の言葉に、クレーマーは言葉を無くしたようにお店を出ていった。
「近ごろ、変な客が多くない?わがままっていうか、こっちが仕事していてしんどいの分かってないよね」
「客にしたら、休みで楽なんだろうけどさ」
「

ちゃんだったら、バイトしてるの分かってくれて優しいから、こっちもサービスする気になるけど」「そうそう、気遣い出来てる子がいいね」
「ところで、さっきのクレーマーの話。本当の話なんだろうな。なんで、店内で食べるんだよ」
「誰か陥れようとしたんじゃない?お店ごと潰そうと企んでいたとか」
「最悪だな」
「あはは、まさかぁ」
「誰か恨まれたの?」
「知らないけどさー」
「早く時間が過ぎないかな」
「本当、疲れるよな」
和気あいあいと、皆仲良く楽しく仕事ができるお店。
こうして本日も無事に営業終了。
※ フィクション…だから(願)。
余談:
メールやインターネット上でやり取りばかりして、ホスピタリティが磨けなかった、悲劇の人たちのお話。
本やテレビといった情報のみで、知ったかぶりになってしまい、ある種、苦労知らずで楽に生きてこれたために、本当のことが分からなくなった人たち。
瞬時に個人が情報を発信し、共有できる環境にあって、その人の行動をキャッチできたとしても、気持ちまで汲むことができない。
それは、例えば待つことが分からないことも言えるかもしれない。
バス停でバスを待つ。待っている間、どう時間を過ごすかはその人の気持ち次第。
いつも時間にお車が待っている人たちには、移動するときの待たされる体験がないから、バス停でバスを待つと聞いても、理解できているようで、知ったかぶりになってしまう。
歩くほどの速度でふらふらと自転車で転んだ男の子は、私がスルーして通り過ぎるのを見て、「冷たい」と批難していたけれど、擦り傷すらしてなくて自分でさっと立ち上がれたのに、「大丈夫?怪我はない?痛かったわね」とすぐさま駆けつけて慰めたりするのは、演出だと嘘くさくてやってられない。
演出を本当だと思うのは、勘違いも甚だしい。
それも行動だけ見て、気持ちが分からないことの1つに数えられるだろう。
イメージだけの知ったかぶりは、赤ちゃんの夢ある純粋な気持ちだけで十分だと思う。