今日は朝から滋賀に住む夫の姉のマンションに遊びにいって来ました。

みーみーは、7歳のりょう兄ちゃんと4歳のかい兄ちゃんに遊んでもらうのがとても楽しいみたい。

GWの前半には我が家に遊びに来てくれたのだけど、二人のいとこに本当になついて、兄弟を作ってあげられない母としては、本当に嬉しい出来事でした。




この写真は、いとこに手を引かれ、近くの公園に遊びに行く途中に撮影したものです。

今日は朝から家を出たものの、案の定、道は渋滞。滋賀に着いたのは12時を回ってました。

途中、車の中で眠ってしまった娘。でも、いとこのおうちに着いて、駐車している時に目がさめて…窓の外には大好きなお兄ちゃんたち!

大興奮でした。

今日も、両手をお兄ちゃんたちに繋がれて、たくさんたくさん遊んでもらいました。

いとこっていいなぁ。

私自身、いとこは遠方だったから殆ど遊んだ記憶が無いんだけど、やっぱいとこと仲良くできる環境って素晴らしい。

私の姪っ子とも保育園の友達以上になじんで仲良く出来てたけど…。

やっぱ違うんだなあ。素敵な時間でした。

帰りは混んでるかなぁと思ったけど、渋滞に引っかかることなくスムーズに神戸に戻ることができました。

さあ、明日は子供の日だね。何して遊ぶ?お父ちゃん仕事だからさ。寂しい一日になるかな?いやいやそうならないようにお母さんが色んなところに遊びに連れて行ってあげるよ。
昨日の晩御飯からチャレンジしてることがあります。

それは、お箸でご飯を食べること。

先日2歳になったことだし、そろそろお箸を持ち始めてもいいかなと思い。

お箸の持ち方がおかしい人にはなってほしくないので。

夫は非常識な言動が多い人だけど、大正生まれのばーちゃんに育てられたから

お箸の持ち方や鉛筆の持ち方はきちんとしてるの。

やっぱ最初が肝心だよね。

『エジソンのおはし』という、親指と人差し指、中指を固定して動かすやつを買ってみた。

不器用に動かしながらもちゃんと白ご飯を食べることができましたよ。

頑張れ、みーみー。



今日は朝から滋賀に住む従兄弟のおうちへ遊びに行きます。

夫の姉のおうちです。近くにたねやのビュッフェがあって、それに行く予定。楽しみでーす。
今日は夕方から実家に帰ってました。

私は実母に頼まれたパソコン仕事をしていて、実母は夕飯を作ってたので、

娘は実父が見てくれてました。


さて。


雑務を終えて実父と娘のいるテーブルへ。

こんな落書きがありました。





これ、何?

私が尋ねると、実父が、

みーみーちゃんがスーパーマンを描いてくれって言うんだよ。

と、言いました。


なんと…。

この、両手を切断され、胸に大きな傷跡を持つ男がスーパーマンだとは。




っつーか、どう考えても、娘がお願いしたのは、スーパーマンではなくて、食パンマンだと思われるのだが…(笑)。




Android携帯からの投稿
昨日、GBの退職おつかれ食事会がありました。

集まったのは、我が家3人と、義姉&甥っ子2人(ありえない義兄は海外赴任中)、義妹&ニューフェイスのベビちゃん

そして、GFB。

あらかじめ、義理姉と義理妹に連絡して、サプライズで花束とケーキを準備しておきました。

食事会のはじめに甥っ子2人から花束贈呈。

GB、涙ぐんでいましたよ。

そして、最後にはお母さんお疲れ様!のケーキ。

これもとてもよろこんでいました。





色々と常に物議をかもしだすGBですが、高卒で公務員になり、嘱託職員の限界まで46年間勤め上げたことは、同じワーキングママとしては本当に尊敬します。

お義母さん、お疲れ様でした。



その一昨日前に娘の誕生日プレゼント買いに行った時に言われた暴言なんて忘れちゃうことにするワ!

『テレビとか映画で再発いうたらあんまりもたへんねぇ…。』(← 5年間ホルモン治療をして再発しなければその時にやっと、ほっとできるかもしれません。と言った私の言葉に対しての返答。)


もちろん、悪気はないのよー♪だけど、こちらも言い返す気力も体力もないから、義妹にリークしてしまったわ。笑いながらね。『お義母さんこんなん言うねんでー。もーほんま天然よなぁ。』て感じで。義妹ドン引きやったけどね。
娘と同じ保育園で仲良くしてもらってるお友達のパパが、昨日亡くなりました。
癌だったそうです。1年ほど前に発覚し、治療を頑張ったけど、だめだったと。

胸が締め付けられるような気持ちになって、傍にいた夫にしがみつきました。

娘のパーティーは延期。

保育園のママ友と都合を合わせて、お通夜に参列させていただきました。

本当に、本当に辛かった。

憔悴しきったそのお友達のママの顔を見ると、涙が止まりませんでした。

私達にできることを考えて、そのママを助けていこうね。帰りの車の中で、皆で話しました。


35歳の若さで、2歳にならない娘を残して先に逝かなければいけなかったお友達のパパの気持ちを思うと、本当に辛くて、言葉にならない。

御冥福を、お祈りします。
昨日は愛娘、みーみーの2歳の誕生日でした。

お父ちゃんは仕事だったので、お父ちゃんを職場まで送り届けて、お母ちゃんの乳腺外科の病院についてきてもらいました。

何せイヤイヤ期なもんだから、待合室で待つということがとっても大変なんですが、今日はポータブルDVDを貸してもらえたのでめっちゃいい子にできました。

『椅子に座ったらあんよは伸ばすがお約束!』(靴はいたままソファとか立っても平気な親いるでしょ?私、あれが大嫌いなのです。)

『ここにある絵本はあなたのものじゃないから、きちんとお片づけする!できないなら読まなくていい!』

この二つをしつこく言い聞かせていたからですかね…。心遣い、ありがとうございました。






午後からは、実家に行ってきました。

今、実母が東京にいる姉のところに行ってるもので…(ぎっくり腰になって育児家事ができないらしく。)

実父に晩御飯を作りに行ってきました。

たけのこめばる(今が旬だからこういうらしい。)を煮つけて、しまあじの造りを皿に盛って、新玉ねぎをスライスして水にさらして…。

新鮮な魚が大すきな父。今日は天気があまりよくなくて、昼網も少なかったけど、喜んでくれました。




明日はお父ちゃんも帰ってくる。ケーキも用意しておくよ☆

パーティーメニューは何がいいかな。

何はともあれ、お誕生日おめでとう。

そして、お父さんお母さんの元に産まれてきてくれてありがとう☆
3月の中旬くらいから、気持ちの落ち込みや焦燥感に悩まされていました。

自分でもどう処理をしたらいいかわからない気持ち。

ずっとずっと我慢して我慢して、今だけだと思って頑張りました。

でも、それと反比例して体に症状が出始めました。

職場でのミスも目立ち始めました。

先週、上司に『今後の働き方を考えたいんです。どうにも気持ちが落ちてしまって…』と初めて勇気を出して言うことができました。

上司はすぐにがん看護認定看護師さんとの面談を組んでくれました。

それが昨日。私は、今までにたまりにたまっていた涙を全部流しました。

その方は、『今はあなたには休むことが必要。相当に強いストレスがかかってる。今でも限界の状況の中、よく働き続けているなと感心する。休むという決断はできそう?』

優しく、今までの私をねぎらって声かけをして下さいました。

頑張らなきゃいけない。迷惑かけちゃいけない。

そう思い続けてきた私ですが、『私、休みたいです。』と言うことができました。

その後、上司も加わり、今日以降、しばらく仕事を休むことになりました。今後のことは状況次第になります。

状況をみて、また戻れそうなら戻る。しばらく仕事から離れるのがよいならそれもよし。



あなたは今まで十分すぎるくらいに頑張ってきた。


この言葉が本当に本当に心に染みて…。


昨日は久しぶりに朝まで眠れました。
今日は乳腺外科の診察でした。

明日からホルモン療法開始です。

タスオミン(後発品です。)を毎朝内服します。

これ続けることのなんと、5年間。

365日×5年足すことのうるう年分1日で、1826日。

娘、小学生になってるやん。

ほんまに再発も転移もせずに私は生きてるねんやろね。
25回にわたる放射線治療が本日終了しました。


最後には、苦手だった若い男子の放射線技師さんに、今日で終了でしたね!本当にお疲れ様でした。なんて言われちゃって…

不覚にも涙がにじんじゃいましたよ。




毎日毎日、終わったらはんこが増えて…。

徐々に皮膚の色は変色して…。





終了しました。

頑張りました。

保育園で待ち合わせたオットは、私のためにお疲れ様ケーキを買ってくれていました。





まだまだ治療はこれから。でも、一区切り付きました。

明日から、また頑張ろう。




Android携帯からの投稿
昨日、夜11時ごろ主人から携帯に電話があってね、それは取れなかったんだけど、こんな時間に一体なに?と思っていたらその直後、けたたましいサイレンを鳴らしながら何台も消防車が家の前を走って行ってね。自宅の数件隣のお宅からの出火でした。

私の担当地区の会員宅ということもあり、様子を見に行ってみると、屋根を突き抜けて炎があがっていました。主人は東の方の消防なのでさすがに出動してなかったけど、いろんなところから出動してました。

今朝、自治会がらみでお話しなければいけないことがあったので現場に行ってみると、家の中は焼けてなにもない状態。屋根にも穴が空いていました。延焼もなく、家の方が無事に逃げられて、最悪の状況にならなかったことが不幸中の幸いでした。

普段から主人に、火事だけは起こすな、あれほど悲惨なものはない。と、口をすっぱく言われているけれど、焼け落ちた家を目の当たりにすると震えが止まりませんでした。

火事は起こってしまったら終わりなんですよね。防災の大切さを実感した出来事でした。

あ、ちなみに主人からの電話は、自宅の住所だったので、まさかうちからの出火じゃなかろうかと思って出動指令を聞いて即電話したとのことでした。○丁目で建物火災、としか指令ではわからないらしいからそりゃ心配するよね。



Android携帯からの投稿