― 81歳の私が、次の世代へ渡したいもの ―
私は81歳になりました。
長く生きてきたつもりですが、最近になって、以前より強く考えることがあります。
日本の伝統文化は、これから誰が受け継いでいくのだろう。
私はこれまで、麦わら細工、竹細工、門松、和飾りなど、手を使ったものづくりを続けてきました。
どれも、ただ形を作るだけのものではありません。
竹を切る。
藁を編む。
松を選ぶ。
形を整える。
一つひとつの作業の中に、先人が積み重ねてきた知恵があります。
そして私の原点には、明治生まれの父から受け継いだ言葉があります。
「モノづくりは人づくり」
若い頃の私は、その言葉の本当の意味を十分には理解していなかったのかもしれません。
作り方を覚えることが大切なのだと思っていました。
しかし、長い年月を経て、ようやく分かってきました。
父が私に伝えたかったのは、技術だけではなかったのです。
ものを粗末にしないこと。
人との約束を大切にすること。
教えてくれた人への感謝を忘れないこと。
分からなければ自分で考えること。
そして、覚えたことは次の人へ渡すこと。
ものづくりを通して、人間の生き方そのものを教えていたのだと思います。
今、便利な時代になりました。
欲しいものは、スマートフォンを操作すれば翌日に届くことさえあります。
壊れれば買い替える。
古くなれば捨てる。
それが悪いと言うつもりはありません。
私自身、81歳になった今、AIやデジタルの世界を学んでいます。
新しいものを拒むつもりはありません。
むしろ私は、新しいものを積極的に吸収したいと思っています。
しかし、新しいものを手に入れることと、古いものを捨てることは同じではありません。
ここを間違えてはいけないと思うのです。
新しい時代だからこそ、残すべきものがある。
それが、私は「和の心」なのではないかと思っています。
和とは、単に和服を着ることでも、畳の部屋で暮らすことでもありません。
自然を敬う。
季節を感じる。
人を思いやる。
物を大切にする。
先祖に感謝する。
そして、自分一人だけで生きているのではないと知る。
こうした感覚が、日本人の暮らしの中には長く受け継がれてきました。
門松も、その一つです。
今では「お正月の飾り」として見る人も多いでしょう。
しかし私は、門松を作る時、単なる飾りを作っているとは思っていません。
なぜ松を使うのか。
なぜ竹を立てるのか。
なぜ新しい年を迎えるために準備するのか。
そこには、それを作り続けてきた人たちの願いがあります。
だから私は、作り方だけを教えて終わりにはしたくありません。
「なぜ、これを作るのか」
そこまで伝えたいのです。
技術だけなら、動画を見れば覚えられる時代になりました。
しかし、その奥にある意味や心は、人から人へ渡さなければ残らないものがあります。
私は81歳です。
あと何年、こうして手を動かせるかは分かりません。
だからこそ、今できることをしておきたいと思っています。
自分が覚えてきたこと。
父から教わったこと。
地域の人たちから学んだこと。
自分自身が失敗しながら身につけてきたこと。
それを、次の世代に一つでも多く渡しておきたい。
私は伝統文化を「昔のもの」とは思っていません。
伝統とは、過去から受け取ったものを、そのまま保管することではない。
今を生きる人間が意味を理解し、必要なものを次へ手渡していくこと。
そうして初めて、伝統は生き続けるのだと思います。
だから私はこれから、このブログでも少しずつ書いていきます。
ものづくりのこと。
門松のこと。
竹や藁のこと。
日本人の暮らしの中に残る行事のこと。
神道精神や和の心について、自分が長い人生の中で感じてきたこと。
そして、明治生まれの父から受け取った言葉について。
昔を懐かしむためではありません。
次の世代へ渡すためです。
81歳。
私はまだ学んでいます。
そして、まだ作っています。
これからは、
「モノづくりは人づくり」
この言葉を、私自身の人生を通して、もう一度しっかり残していきたいと思っています。
スーパーじいじ
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