【2025.6.16 放送回】FMいしがきサンサンラジオ『上地等のWalking Talking Radio』
https://youtu.be/P4ERcbY4XhQ?si=qT5yshSEWIUsTLH_
たまたまおすすめに上がってきたので聞いてみたら、なんというか、名状し難い思いに駆られてしまった。 私のここ20年弱は、極端な言い方をすればBEGINさんの周りをうろうろしているみたい。
というか、 #一五一会 を本気でやるようになって、その本気が通じたのかBEGINさん本人たちともほんの僅かながらではあるけれど関わらせていただくこともできて、もしもそれが無ければ決して機会など無かったであろういろんな経験をさせていただいて…
本人たちと明け方まで飲んで語った‼️とか、
生まれて初めて自力で沖縄に行ってレンタカーで58号を走り回って「うたの日」に参加したりとか、
一五一会世界大会でステージをご一緒させてもらったりとか、
… それら一つ一つが私の過去20年弱の、リアルでかつ大きな思い出になっている。
第1回一五一会世界大会 ヒマラヤスギ
https://youtu.be/zQ3hs-xMJ1s?si=C7QzPyzs8pG4Yrsx
そうそう、「宇宙一の一五一会プレイヤー」島袋優さんが作った「一五一会でディズニー」のCDアルバムに、私も参加させてもらったのだった❣️😃
こんなにありがたいことはないので、私はもっとそのことをだいじにして、ていねいに扱えば良い…のに、私の中の何かが「私はそれだけでできているわけじゃない」と逆らう。 本当に複雑な気持ちだ。 私が「今世紀の自分」を持て余しているのと、無関係ではないのだろう。
21世紀になってから、実はもう四半世紀過ぎてしまっている。 今世紀もあと3/4、今年生まれた子どもの何割かは来世紀まで生き延びているだろう。 それなりに実体のある年月を経ているのに、私にとってはいつまでも「つい最近始まったばかりでまだまだ決まらない」と思えてしまう…ついていけない。
「ついていけない」のは私の加齢のせいなので仕方ないけれど、それでもここ25年間の年月は紛れもなく私自身の生きてきた年月でもある。 その前の「20世紀の自分」が2/5世紀生きていたのと、数量は違っても年月であるという質は変わらないはずだ。
私にはいつも「でも私はそれだけじゃない」と思ってしまう癖がある。 それは、言葉にすれば「なんて傲慢なヤツ」と言われるようなこと、…「自分にとっては常に自分がナンバーワン」(笑)というアイデンティティの強さ…に見えて実はとても貧弱な脆さから来ている。
自分がもっと強くて柔軟な=しなやかな「自分」を持っていたら、もしかして私はもっとBEGINさんにどっぷり入れ込んで、それでも自分を保つことができたのだろう、と思えてしまう。
そんなふうに感じるのは、冒頭の上地等さんのラジオを1回聞いただけで、いろんな思い出がフラッシュバックしてしまい、懐かしさにオロオロ泣けてきてしまうことで、入れ込んでしまったら自分が保てなかったかもしれない、と惧れてしまうからなのだろう。 臆病な私、残念😞
いつでも私みたいな「どこの馬の骨」しかも「なんかヘンな人」を「人として対等」に扱ってくれる、BEGINの皆さんの、こんな言い方すると失礼かもしれないけれどデビューからだいぶ経っても変わらない「素朴なやさしさ」のおかげで、本当に良い思い出しかないんですよ。 その感謝だけは忘れない💖