酔いどれ詩人になるまえに -2ページ目

・すごく綺麗な女の子に涙を奪われてしまった話

 

文章を書くのは結局は自己療養のための試みにすぎない。

 

村上春樹がそんなことを書いていたので、それに触発されて自己療養の試みとして文章を書いてみる。

 

大学3年生の時にすごく綺麗な女の子と知り合いになった。

 

3年生の頃はまだコントラバスを弾いていて、秋の定期演奏会のメインはフランクの交響曲ニ短調だった。

 

住んでいた場所は小田急線の生田駅で、駅の近くにあるバーでその子と知り合った。

 

年は一つ下で知り合った頃はたしか僕が20歳で彼女が19歳の時。

 

彼女は明治大学の生田キャンパスに通ってる子だった。

 

なんとなくバーで顔見知りになり、年が近いこともあって会話するようになった。

 

彼女はすごく綺麗で、すごく不安定な女の子だった。

 

かわいい女の子はたくさんいるし、綺麗な女の子もたくさんいるけれども彼女は別格という感じで、その不安定さと怖いくらいに整った顔立ちが印象的な人だった。

 

長い睫毛に綺麗な鼻筋と透き通った瞳に、びっくりするような白さの白目。

 

彼女には付き合っていた恋人がいたし、僕も恋人がいたので特に恋愛関係という感じではなかったけど、なんとなくウマが合うというか良い異性の友達という感じだった。

 

で、ある日、いつものバーで彼女に会ったらピアスをあけていた。

 

金の針金みたいなピアスで、それが形の整った色の白い耳にぶら下がってるのがとても似合っていた。

 

そして、その似合いすぎるピアスが揺れるたびに不吉な予言のようななんとも言えない落ち着きのなさを僕は感じた。

 

何かあるんだろうなと思った。でも、それはあえてお互い話題にしなかった。

 

ウマが合うし顔を合わせればお酒を飲みながら楽しく話せる。でも、なんとなく核心を突くようなことは話さないようにする距離感があった。

 

異性の友達というのは難しい。

 

なんでも話せる関係になることもあれば、お互いにあえて何も話さない距離感を取ってしまうこともある。

 

彼女との関係性は後者だった。

 

彼女と会うのは1週間に1回とか、10日に一辺くらいのペースだったと思う。

 

そして、彼女は会うたびにピアスが大きくなって、痛々しさも増していった。

 

彼女のその痛々しさの原因が、付き合っていた恋人なのか、家庭環境なのか、それとも大学生活なのかは分からない。

 

ある日いつものバーでお酒を一緒に飲んだ時に、なんとなく会話が途切れてお互いの目を覗き込んだ時があった。

 

時間にすれば多分5秒とかそれくらいだったと思うけれども、なんとも言えないすごく長い時間のように感じた。

 

ふわっと現実感がなくなってお互いが何かに吸い込まれるような感じたっだと思う。

 

目に吸い込まれて、それから目線を外した後にウチで飲みなおさないと言ってみた。

 

いいよ、と彼女は言った。

 

それから居酒屋を出て二人でスーパーに行ってお酒を買って、僕の家に行った。

 

お酒を買ったけれども、飲まなくていいよなという空気だった。

 

散らかった部屋について音楽をかけて、タバコを吸って一服したことを覚えている。

 

彼女はタバコを吸わない子だったけど、その時は一つ頂戴と言ってきたからキャスターの3ミリをあげて火をつけてあげた。

 

しばらく二人でタバコを吸った。タバコが彼女はよく似合った。

 

体にもピアスしてるけど見る?と彼女が言った。

 

見る、と答えた。

 

彼女が自分で服をめくってウエストを出すと、痛々しいピアスが目に入った。

 

それが、なぜか分からないけどとてもショッキングで、すごく傷ついたことをよく覚えている。

 

ふとピアスが埋め込まれた体に手が伸びた。

 

華奢な体に似合わず、彼女の体はすごく暖かかった。そしてその温かさとは対照的に自分の手はとても冷んやりとしていた。

 

しばらく触れてから手を離して、彼女はめくっていた服を元に戻した。

 

もう一本タバコを勧めて一緒に吸った。それから彼女は帰った。

 

それから夏合宿や強化練習で、しばらくバーに顔を出さない日が続いた。

 

多分3週間くらいしてからだったと思うけど、久しぶりにバーに顔を出した。

 

その日は彼女はいなかった。

 

それから、また週一くらいでバーに行ったけど彼女とは合わなかった。

 

最近、彼女こないですね、とバーのマスターに言ったらどきりとした顔をマスターはした。

 

何かあったんですか、と聞いた。

 

亡くなったらしいよとマスターは答えた。

 

自殺らしいよ、ともマスターは言った。

 

視界がグラグラした。世界がグラグラした。

 

そうなんですねと言ってから、話を変えてお酒を飲んだ。

 

すごく酔ってフラフラしてるけど、同時にすごく頭は冴えていた。

 

家について、タバコを吸った。

 

泣きそうだったけれども涙は出なかった。

 

あまりにも混乱すると涙は出ない。

 

心に穴が開いたようだった。というよりもまさしく空いたのだ。

 

彼女が自殺したという話を聞いて以来、ずっと心に穴は空きっぱなしだ。

 

欠けた心と一緒に、どうも感情の一部も持って行かれた気がする。

 

その日からいつもより世界は色あせて見えるし、太陽は冷たく月はよそよそしい。

 

その欠けた心を取り戻そうと今もしているけれども、埋めようと思ってもそれはいつまでも埋まらない。

 

酒を飲んだ帰り、一人でタバコを吸うと自殺してしまったらしい彼女を思い出す。

 

痛々しくてすごく綺麗な耳や体にピアスをあけた女の子。

 

いつか彼女に奪われた心のかけらが元に戻ればいいと思う。

 

今、彼女と一緒に吸ったキャスター3ミリに火をつけながらこの文章を書いている。

 

この文章が自己療養になるかは分からない。

 

なればいいと思う。

私の体がうっすらと透明になり始めて、驚いている。

私はこの体が透明にある現象についてよく知っているからだ。

体が透明になり、最後は存在そのものが消える。

これは過去の時間に誰かが干渉して、存在を消そうとするときに起きる。

 

 

私の体が透明になりかけていることはこれが初めてだ。

私は人の体をむしろ透明にしてきた立場だ。

未来で犯罪を犯す人間を透明にしていく。世界を不安定にさせるようなテクノロジーを生み出す天才を消していく。

人類から戦争や凶悪な犯罪を未然に防ぐのが私の仕事だ。

つい先ほども、機械と人類との戦争を回避するために、ある科学者の存在を抹消してきたばかりだ。

 

 

その科学者は20年後に人類を脅かす人工知能を開発する。

だから、その科学者が技術を完成させる前。今の時点で10年後の時代に干渉して彼自体がシンギュラリティを起こす前に自体を防ぐ。

私は過去の犯罪者を消すこともあれば、未来を覗き込んで未来のトラブルを事前に防ぐこともある。

私は政府の時間的な諜報機関で、時間的な工作を行ってきたのだ。

 

 

事態は絶望的だ。この透明化を防ぐには干渉されている過去を正しくしなければいけない。

だが、私に干渉する人物がどの時代で干渉しているかを知る術はない。

シラミつぶしに探して行ったとしても、干渉を食い止める前に私は消えてしまうだろう。

 

 

半透明な私以外、誰もいない自室で呆然としていると背後から誰かの視線を感じて振り返った。

そこには先日消した研究者の助手が立っていた。

私は彼が助けに来てくれたのだろうと思った。

彼ならば科学技術にも精通しているし、なんらかの方法で私の危機を察知してここに来てくれたのだろう。

 

 

だが、彼は私を一瞥すると少し顔を強張らせてむしろ私と距離を取るような素振りさえみせる。

何が起きている、と彼に尋ねても彼は顔をより強張らせてこちらを見つめるだけだ。

私の体はいよいよ透明になり、私の体を通して向かい側の方がむしろはっきりと見えるようになってきた。

この致命的な段階になって、彼はようやく口開き始める。

あなたに干渉したのは私です。と彼は小声で話し始めた。

 

 

強張り小刻みに口を震わせながら彼はさらに小さな声で話す。

彼の上司を消したことで、未来が変わったこと。機械との戦争は防がれたが他にも小さな変化が起きたこと。

私が上司に干渉したことで、助手の人生が変わったこと。生まれてくるはずだった子供二人が生まれなくなったこと。

上司への干渉を食い止めるために、過去に渡り上司に干渉した私の存在に干渉したこと。

 

 

ぼそぼそと呟く彼の声や姿を見るうちに私の内側から真っ赤な怒りが、

透明な体を染め上げるのではないかと思われるほどの怒りが湧いてきて私は怒鳴った。

体は透き通っていても、声は出る。

 

 

貴様の家族などはどうでも良いこと。上司を消さなければ戦争で大勢の人が死ぬこと。

それを分かっていて、私を消そうとして干渉にさらに干渉するのはあまりにも身勝手だということ。

今すぐ過去へ戻って、私を救えということ。

そんな私の怒声を描き返すように、震えていた助手は負けじと声を張り上げる。

 

 

理由をつけて人を殺しているのはお前だという研究者の罵声。

 

生きる未来があった生命を、他の生命のために殺すことは道徳的ではないこと。

 

たとえ戦争が起ころうとも家族を失うわけにはいかないこと。

 

 

喧しい助手の罵りを止めるために彼に掴みかかった私は、そのまま彼を通り抜けていき、振り返ろうとしたが体はもはや存在せず。

 

私はそのまま壁を通り抜け、建物を通過しなおも勢いは衰えず体は地球から離れ宇宙をさまよい、そして最後は宇宙すら通り抜けて私の存在は宇宙の外側にある時間の流れのさらに外側へと吸収され、そして消えた。

学生時代からずっと飲んできた居酒屋が6月4日で潰れる。

 

お世辞にもたくさんお客さんが入ってるような店ではなかったし、そのうち店がなくなるのかもしれないな。

 

そういう予感はいつもあった。

 

 

ただ、実際になくなることが決まると、動揺する。

 

最近、酒を飲むよりは仕事や読書にウェイトを置きたい気持ちになったので少しばかりそのお店とは距離があいていた。

 

それでも無くなることが決まると、これまで10年間付き合いのあった場所が無くなると体の半分くらいが切り離されて、どこかに行ったような気持ちになる。

 

体が半分切り離されて、スペースが空いた。

 

そのスペースが出来た分、新しく大切だったり親密だったりするものが増えて、今感じてるスキマ感は無くなっていくだろう。

 

生きることは死ぬことだ、という言葉を何かの本で読んだときに、確かにそうだよなと思ったことがある。

 

そのときは、生きると死ぬということが1と0のように対立するものだと思っていた。

 

ただ、今、親しかった場所が無くなって自分の思い出が「完璧な過去」になるという体験をして思ったのは、人生は死んだり生まれたりを交互に繰り返すということだ。

 

学生時代やその思いでは着実に死んでいく。

 

死んでいったスペースにまた新しい何かが生まれていく。

 

人生のある段階では死んでいくものよりも、生まれてくるものの方が多い。

 

それが段々と釣り合っていき、徐々に死んでいくものの割合が増えて行く。

 

そして、何も生まれ無くなったときに完璧に死ぬのだなと思った。

 

さよならを言うことは少しのあいだ死ぬことだ。

 

6月4日に、あの場所とは確実な「さよなら」をすることになる。

 

それは自分の中で何かが少し死ぬことだ。

 

その死んだ場所から、何かが芽生えて来ればいいなと思う。