本日は第57回全日本合気道演武大会だった。

 

年に一度、全国の合気道道場に通う者が

武道館に集結し演武を披露する一大イベントである。

 

私は枯れ木も山の賑わい的参加なので

実に不真面目な気持ちで参加していて

これといって練習もせず当日を迎えた。

 

元々、私の師匠の師匠の師匠である

多田宏先生見たさで出席した訳で

私にとっては明日行くサザンのライブと

ほとんど同じ重みであった。

 

真面目にやっている人に聞かれたら

絶対怒られちゃう話で、

こうやって書いているだけで申し訳ない気持ちになる。

 

 

12時から5時半まで自分が演武する以外は

基本的にはずっと演武の見学をしていた。

 

先生が早めに行って席を確保して下さっていたので

前から2列目で見学が出来た。

 

個人的には新潟の道場の先生の演武は

腰がとても低くてカッコよく、

とても印象に残っている。

 

 

とはいえ、正直言うと、

誰が上手で誰がそうでもないのか

私はイマイチ分かっていない。

 

こればかりは色々な方を実際に見て

記憶を蓄積していくより他

仕方がない。

 

 

だから、今回、かっこいいと思った先生の演武を

10年後、ある程度知識や経験を重ねた私が

同じようにかっこいいと思うかどうか分からないのだ。

 

 

演武会終了後に有志で懇親会があった。

 

その席上、兄弟子の

 

「多田先生と植芝先生の演舞の時は

    会場の空気感がすっと変わりましたね。」

 

という問いかけに、一同大いにうなずいていたが

これは私には、いまいちピンとこなかった。

 

多田先生と植芝先生の演舞の前に

本部の諸先生方が模範演武をしておられたのだが

その模範演武と両先生の演舞の質には

明らかな違いがあるということなのだろう。

 

微差を大差と感じることのできる感性。

経験とはこういうものなのだと思う。

 

 

私がこういう感性を身に付けるには

「経験」を積めば良いのだ

と楽観的に捉えているのには訳がある。

 

 

 

合気道はある一定の習熟度がないと

袴を着用することができない。

 

うちの道場では袴着用は段位を取得してからだ。

 

他の道場もおそらく同様のルールだろうと思う。

 

だから袴を着用して演武をしている方は

皆、それなりにお上手なのだが、

「袴の割にはあまり上手じゃないなぁ…」

と思う方がそれなりにいらっしゃった。

 

緊張して普段の実力が発揮できていないだけなのかもしれないが

それはこの際、どうでもいい。

明らかにそこには期待値との乖離が見て取れたのだ。

 

これなどは大差を大差として感じているだけ、

とも言えるが、それでも明らかに差は感じている。

 

 

だからこそ経験が

やがて微差をも気づかせてくれるように

なるのではないかと思ったのだ。

 

 

それまではせいぜい「美しいと言われる演武」を

たくさん見て、触れて、

それを経験として自分の体の中に蓄積していきたいと思う。

 

 

いつか植芝先生の演武を

震えるような感動を持って

見ることが出来るようになりたいと思う。