84歳の父 左手

その親指が一匹の生きもののように
52歳になる娘の
重ねた手の指を一本いっぽん
確かめるように撫でていく


お父さん、元気ですか
娘の声に父は言葉を返さない

真っ白いシーツから
力ない父の腕だけがのぞいている

親指だけが
親指だけが動きつづける

父は3年前から
ベットの上で身体を動かせず
頭を動かせず
口から言葉は生まれない

目はどこか一点を見つめている
いやどこかさえ見ていない

笑うことも
泣くこともできない


病室には
もうひとりの患者が
死んだように眠っている



52歳の娘が父の手を離し
13歳の娘の手を取って父の手と重ねる

何もしゃべらなくなった祖父と
病院の雰囲気が娘は好きではない


84歳の父の親指が
13歳になる娘の重ねた手の指を一本いっぽん
確かめるように撫でていく



親指と幼い手が話を始める

そして

小さな娘が祖父を見て微笑はじめる