
福岡・糸島にある雷山千如寺
山寺の
山柿の
うれたまま
ひとりの男がこの寺で俳句を詠んだ。
昭和7年1月のことであった。
ボクはネットで調べた。
男の経歴はこうだった。
男が11歳の時、母親が自殺した。
早稲田大学文学部に入学したが、神経衰弱のため中退。
帰省し療養の傍ら家業である造り酒屋を手伝った。
結婚し一児をもうけた。
家業の造り酒屋が父親の放蕩と自身の酒癖のため破産
妻子を連れ熊本市に移住した。
古本屋を営むがうまくいかず離婚。
妻子を捨てて東京へ逃げた。
1923年
関東大震災に遭い熊本の元妻のもとへ逃げ帰った。
熊本市内で泥酔し、
路面電車を止めたところを
顔見知りの記者に助けられ、
市内の報恩禅寺の住職に預けられ寺男となった。
1925年
寺を出て西日本を中心に旅し句作、投稿を続けた。
1932年
郷里山口の小郡町に居を移す。
体調不良から来る精神不安定から自殺未遂を起こす。
1939年
他界 享年58歳
彼の詠んだ句にボクは涙が止まらなかった。

どうしようもない私が歩いている
酔うてこほろぎと寝ていたよ
鴉啼いてわたしも一人
けふもいちにち風を歩いてきた
すべつてころんで山がひつそり
また見ることもない山が遠ざかる
ほろほろほろびゆくわたくしの秋
生死の中の雪ふりしきる
種田山頭火
※ウィキペディア参照※
一年前 11月下旬のブログ再投稿