
この世界がきみのために存在すると
思ってはいけない。世界はきみを入れる容器ではない。
世界ときみは、二本の木が並んで立つように、
どちらに寄りかかることもなく、それぞれまっすぐ立っている。
きみは自分のそばに世界という立派な木があることを知っている。
世界の方はあまりきみのことを考えていないかもしれない。
でも、外に立つ世界とは別に、きみの中にも一つの世界がある。
きみは自分の内部の広大な薄明の世界を想像してみることができる。
きみの意識は二つの世界の境界の上にいる。
大事なのは、山脈や、人や、染色工場や、セミ時雨などからなる
外の世界と、きみの中にある広い世界との間に連絡をつけること、
一歩の距離をおいて並び立つ二つの世界の呼応と調和をはかることだ。
たとえば、星を見るとかして。
二つの世界の呼応と調和がうまくいっていると、毎日を過ごすのは
ずっと楽になる。心の力をよけいなことに使う必要がなくなる。
水の味がわかり、人を怒らせることが少なくなる。
星を正しく見ることはむずかしいが、上手になればそれだけの
効果があがるだろう。
星ではなく、せせらぎや、セミ時雨でもいいのだけれども。
芥川賞受賞作品
「スティル・ライフ」池澤 夏樹 昭和63年2月初版
季節が移り変わる時期に、よく私が読むページです。
ココロが少し、静かになり落ち着きます。
