言葉をつむぐ☆りゅういち☆です

8月8日は民俗学の父とされる柳田国男さんの命日。
朝日新聞の天声人語が、津波で死んだ妻の霊に出会う話を
「遠野物語」から取りあげていた。

原文を探して読みかえしてみた。
遠野物語の世界観に引きこまれた自分がいた。


$言葉をつむぐ☆りゅういち☆

九九

土淵村の助役北川清という人の家は字火石(ひいし)にあり。
代々の山臥(やまぶし)にて祖父は正福院といい、学者にて著作多く、
村のため尽くしたる人なり。

清の弟に福二という人は海岸の田の浜へ婿(むこ)に行きたるが、
先年の大海嘯(おおつなみ)に遭いて妻と子を失い、
生き残りたる二人の子とともに元の屋敷の地に小屋を掛けて
一年ばかりありき。

夏の初めの月夜に便所に起き出でしが、遠く離れたるところに
ありて行く道も浪(なみ)の打つ渚(なぎさ)なり。
霧の布(し)きたる夜なりしが、その霧の中より男女二人の者の
近よるを見れば、女は正(まさ)しく亡くなりしわが妻なり。

思わずその跡をつけて、遥々(はるばる)と船越村の方へ
行く崎の洞(ほこら)あるところまで追い行き、
名を呼びたるに、振り返りてにこと笑いたり。
男はとみればこれも同じ里の者にて海嘯の難にて死せし者なり。
自分が婿に入りし以前に互いに深く心を通わせたりと聞きし男なり。

今はこの人と夫婦になりてありというに、
子どもは可愛(かわい)くはないのかといえば、
女は少しく顔の色を変えて泣きたり。

死したる人と物いうとは思われずして、悲しく情けなくなりたれば
足元を見てありし間に、男女は再び足早にそこを立ち退きて、
小浦(おうら)へ行く道の山陰(やまかげ)を廻り見えずなりたり。

追いかけて見たりしがふと死したる者なりしと心づき、
夜明けまで道中(みちなか)に立ちて考え、朝になりて帰りたり。
その後久しく煩(わずら)いたりといえり。



「遠野物語」柳田国男 岩波文庫より引用