【ザ遺言〜第六の遺言「思い通りにならない」】

 

京都の地理と歴史が好きです。

京都の地図を見ていると

寺社仏閣が多くあることが分かります。

 

なぜここに神社があるのか?

を調べると

「法除け」と呼ばれる方角で吉凶を占うこと

 

それによって

帝(都)を守るためにあることが

分かります。

 

思うに権力のある人がすることは

 

「決めること」

 

都を移す

税を決める

法律を決める

個人より社会全体に影響力を

与える力が大きくなればなるほど、

根拠を求められたのだろうと思います。

 

その結果編み出されたのは

「方角が良い悪い」

「時期が良い悪い」

 

など「う〜んそれ関係あるんですか?」

って理由です。

 

ただ権力者がそう言っていると

ないことがあることになるって

いうのもおもしろいことです。

 

「鬼門」は皆さん聞いたことがあると

思いますが

京都御所では

北東の角をワザと凹ませて

北東角を作らないようにしています。

 

それを見て我々は

「あ〜やっぱり方角が悪いんや〜」

って思っちゃうのがおもしろい。

 

残念ながら思い通りに

ならないことはあります。

いや人生ほとんどそうです。

願えば叶うと信じて

わしも人生をかけて

いろいろ試してみましたが

 

「全く思い通りになりません」

でした。

(今のところ)

確率を上げることは

できるかもしれませんが、

100%は残念ながらあり得ません。

 

お金がある人や

権力がある人ですらそうです。

思い通りにしたとして

その結果が、

遺言4で申し上げたように

幸せかどうかなど分かりません。

 

あなたはあなたがすることを

「決めること」はできますが、

他人や社会を「決めること」は

難しく、たぶんできない。

 

できたとして、

ましてや結果が思い通りなどはまずない。

 

これを失敗と呼ぶなら

人生は失敗で出来ていて、

何かする人は避けられないようです。

 

うまくいった(と言われる人)

を見てみると

①何度も失敗する

②その結果、タイミングが来た

③結果、たくさんの人に知られた

ちょっとつらいかもしれませんが、

何度も悔しい思いを繰り返す人

ちょっと懲りない人?

どうしょうもない人?

が残るようです笑

 

本や体験を読んだり

聞いたりしていると

だいたいそんな感じですが、

今、その人と同じことをしても

同じ結果になることは稀です。

 

つまりその時は関わる人と

タイミングが違っているからです。

 

「人は思い通りにはならない」

「思い通りにしようとしてはいけない」

 

なぜあなたはそうしたいんだろう?

思うような結果にならなくても

やりたいことはなんですか?

【ザ遺言〜第五の2の遺言「望みのかなえ方」】


ファッションと減量に興味があります。
ダイエットしたことありますか?
わしは何度もあります笑


ようやく
このたび25キロのダイエットに
成功しましたが、
興味深いことが分かりました。


皆さんに遺言として
お伝えします。


やせるために出来ることはみな知っています。
①食べない
②運動する


いろいろ実験してみたところ
②はあまり効果がありませんでした。
(運動は違う効果でした、後述)
すると①です。
やり方が分かっても
これが一向に減りません。


前回の遺言で自分は2人いるといいましたが
実はダイエットをしたい自分と
ダイエットしたくない自分の2人いるんです。


もう1人の自分は生存のための役割があり
やせたいは逆に「太っている」
という現状を強化する力も生みます。


「今までデブでやってきたんだから
生きるために変化する必要はない」
って反発します。


これはなかなか強力です。
だから意識の知らないところで
反撃を受け、
結局なんか食べていることは
間違いありません。


さて、どうするか?


そもそも考え方を変えるしかない!


無意識は
お腹空いた→異常事態!→食べる
って流れなので、意識で
お腹が空いた→フツーのこと→食べない
に変えてみました。
するとお腹が空いた時に
「しめしめ上手くいっている」
って思えるようになりました。


ところがそうは言っても
元にもどる力が
働くのは相変わらずです。
それを克服するために
もうひとつ使いました。


それは「他人の目」です。


職場でダイエットに
興味を持っている人にお願いして、
毎日報告しました。
昨日から何グラム減(もしくは増)と、
相手はただ聞いているだけです。


それからは食べようとすると
「ああ!報告が出来なくなる」と思うと
食べられないし、
お腹がすいててフツーなので
食べる必要がなくなりました。
ここから分かることは
やり方がわかっているのに
うまくいかないことがあれば、
①そもそもの考え方を変える
②他人の目には力がある


二つをうまく使うと
自分でできることに関しては
かなりうまくいくと考えています。


わしの場合、
あまりに急に減りすぎたため
「他人の目」役のひとが止めに入りました。
BMIではちょうど標準でしたが、
周りからの心配と指摘で
今では10キロ戻しています。


それでもレディースの服や
28インチ(元は34インチ)
のジーンズが入るのは
おもしろい体験でした。


さらにおもしろかったのは
職場が変わって初めて会う人が
わしのことを痩せてる人やと
思うていたことです。
「他人の目」もまた勝手な思い込みで
出来ていて、
それに振り回されている
自分がいることに気がつきました。


大事なことは
そもそもなんで
ダイエットするのかな?
健康づくりのため?
美容のため?
カッコよくなるため?
あなたが叶えたい望みはなんですか?
なぜあなたはそうなりたいのですか?
その願いが叶うとどうなりますか?
それは本当ですか?

【ザ遺言〜第五の遺言「あなたは2人いる」】

 

京都で座禅(坐禅)に興味を持ちました。

やり方を聞くと

調身、調息、調心とか言われます。

 

座り方は

臨済宗では壁を背にしますが

曹洞宗では壁に向かいますなど、

最初は説明やお作法やらで

なかなか落ち着きませんが、

やってみると、

 

「何も考えないなどできぬ〜」

の境地に至ります笑

 

で、気がついたのですが

それでよいのです(ホントか?)

 

出てきた映像(イメージ)を

評価することなく、

次々と流してゆくことが、

できるようになると

これが結構おもしろい

 

ジャックの場合

気になる人の顔が出てきますが

次々と送ってゆくうちに

思いがけない顔が現れたりします。

しかし善し悪しなど判断せずに

どんどん送ってゆきます

 

「ただ見て流す」

(実際には半眼なので見てない)

 

まるで誰か別の人の人生を

体験した感じになります。

いや、そうでなく

それはもうひとりのあなたです。

 

2人の自分とは、

意識と無意識とか

交感神経と副交感神経とか

言われています。

 

ひとりは言語と社会生活を担当し、

ひとりはイメージの世界で

アイデンティティを担当しています。

 

ふたりはバランスを取りながら共存し

ひとりの自分になっています。

 

ただこれがちょっと難しいのは

お互いの表現方法

(言語とイメージ)が違うため

コミニケーションが取りづらいこと

時折、どちらが強くなりすぎたり

弱くなりすぎたりすると、

「病気」や「事故」になります。

 

病気や不調はもう1人からのメッセージです。

 

だから自分に聞いてみること、

さらに答えのその奥を考えてみて

感じてみる時間が大事になります。

もしあなたがひとりのとき

誰かから見られている感じがするなら

それはもうひとりの自分かもしれませんね。

 

V.フランクルはこう言いました

「人間誰しも

アウシュビッツ(苦悩)を持っている。

しかしあなたが人生に絶望しても、

人生はあなたに絶望していない。

 

あなたを待っている

誰かや何かがある限り、

あなたは生き延びることができるし、

自己実現できる」

 

どういう感じがしますか?