誰かに対して、
 何かに対して、
 それにセンスを感じた時、
 それは閃きの始まり



 身の回りの誰かに、
 センスを感じた
 何にセンスを感じたのか

 実はその感じたことこそ、
 自分自身のセンスである

 何に感じたのか考えよう
 思い出そう

 相手のセンスを羨ましいと思うより、
 それを感じた自分にも同じセンスがあると喜ぶこと


 

 一日でレーティングがもの凄く上がることがある

 スタッツの良いものが多く
 逆に悪いものが少ない時


 利き手で投げていた時期は、
 クリケのスタッツで7や8などは頻繁に出ていた
 そういった日は別格にレーティングが上がる

 中二日ほど平均的なスタッツである3後半から4後半を打つ
 
 落ちることを知らないレーティング
 まさに絶好機の俺であった

 
 レーティングが上がったはいいけれど、
 翌日に元に戻る、数日で元に戻ってしまう

 それは、上がったレーティングが嘘であったという証明
 
 平均的なスタッツ+上出来なスタッツ
 この繰り返しが、底上げや上達を感じるひとつになる

 下手を打つ間は、根本的な何かが間違っている
 それに早く気づかなければならない


 下がることを知らないダーツ
 それは重厚なダーツ


 Aフラ後半までは、
 数字も見ない
 スタッツも見ない
 レーティングも気にしない

 表面上の言葉や思いだけではなく、
 本気でそう思わなければ結果はついて来ない


 なぜって?

 そりゃ、身の回りの多くのプレイヤーがそれでコケてるから
 彼らが実証してくれている



 ダーツでいうCU1000点とは、
 あるレベルまでの勲章のようなもの

 ある時期を過ぎると、
 それは、プラクティスでのコンディションの目安

 一度の1000点は誰にでもチャンスはある
 Bフラにでも可能性はある

 やはり、コンスタントにそれを出せるかが基本


 俺個人として考えると、
 Aフラで1000点を出せないレベルは、
 根本的な間違いを内に秘めていると考えている
 
 恐らく、いつかは1000点を出すだろう
 しかし、その一度の1000点にはそれほど価値はない


 それほど、ダーツというものは、
 勢いが結果に左右をする


 もちろん、その上のレベルになると、
 また全然違う世界になる


 身の回りのAフラやAAでCU1000点の経験の無い人に注目
 絶対に上手い人とは違う何か駄目なことをやっているはず