ランドセルと横断歩道 | 逆手のじゃっくばうあー

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逆手で投げるダーツ成長記
 ブログというか、要はダーツの成長過程で感じたことを思い出すための『俺様メモ』なわけです


10人程でしょうか、
ランドセルを背負った小学生の低学年の群がやってきました
横断歩道の信号は青色でした

青色のうちに渡れー
とばかりに、小学生軍団はダッシュを開始

すると、信号は点滅に変化

全体のスピードは更にアップです

もう数人は横断歩道を渡り始めました

その群の中程にいた小さな女の子が、
チラリと信号を見たのか、
ピタリと横断歩道手前で止まりました

他の小学生達は、その女の子を抜いて渡り続けます
この時、信号は完全に赤になっていました
結果、
その女の子だけが取り残されたかたちとなったわけです


子供の動向というのは、
本人の性格の部分よりも、
親のしつけや教えの影響が大きいです

この女の子は、恐らく、
両親から信号での対応を厳しく学んでいたのだと感じました

みんなで渡れば恐くない
周りがやっているから
仲間外れになりたくない
それを注意する人が見ていないから

その勢いの中で、
自らの意思で立ち止まった
凄いなと感じました


親が子供を叱る時、
子のためなのか、
自分のためなのか、
よくわからない光景を目にします

電車のシートに靴を履かせたまま遊ばせる親
大勢が居る店内で走り回る子供達を見過ごす親

怒る時、
もう、○○ちゃんダメ~!

なぜダメなのかは教えない
子供の目線になって、その瞬間に言わなければ理解が出来ない
それが子供

小さな子供というのは、
言葉は悪いかもしれないけれど、
犬と同じである

散歩中に犬がダメなことをした
帰宅後、犬に説教をする
犬にはチンプンカンプンだ
怒られたという結果しか記憶にない
だから、また同じダメをする

近年は、
周囲の人間がそれを注意することも許されない風潮



車高の高い車に乗って、
たまに見かける光景

最近の車は、ウォークスルーであることが多い
ファミリーカーであるなら便利な構造だ

近年の、後部席のシートベルト着用や、
子供であってもシートベルと着用といったルールも増えてきた

道路交通法で定めてあるかどうかはここではどうでもよいのだけれども、
走行中に車内を子供が走り回ったり、
後部席から、運転席、助手席の間から体を乗り出して、
前方を見ていたり話していたり、

先ず驚くべきことは、
その車両が、急停止を必要とする場面になったらどうなるのか

これは、
子供に悲劇が訪れる前に容易に想像が出来ることである

例えば、
ドライブスルーで買ったマックセット、
固定もせずに、肘脇や、ダッシュボード上に置いていたとする
危険な運転はするつもりはないし、
急停止をする予定もない
安全運転で走行をすれば、特に問題はないだろうと

しかし、
日常の道路事情はそう甘くはない

そもそも、急停止というのは、予定をされた場合には起きない
突如のことであり、不意をつかれた結果の行動である場合が多い

その時、
そのマックセットはどこへ吹っ飛んでしまうのだろうか

飲みかけのジュース缶をひっくり返した経験のある者は多いと思う
悲惨な結果を既に体験済みである人が多いわけだ

もしも、
子供が脇道から飛び出してきたなら

その時、回避行動としてどのようなことをするのか
その結果、車内の自分の子供がどのような運命を辿るのか
想像が出来ないはずがない

なのに、子供を無防備な状態にしている親が本当に多いのだ

事故というのは、
自分が極限まで安全に気をつけてはいても、
第三者の不注意からは逃れられない


母親に連れら、必死に後を追う子供
信号が点滅を始めた
母親は言う
○○ちゃん早く!

無事に渡り終えた母親は歩き続ける

子供がチラリと信号を振り返る

母親の背中は少し遠くへと離れ歩いていた



ダーツという上達過程に、
人それぞれの成長の伸びや、考え方の違い、
気づけること
正しいこと
誤りであること

人間それぞれに、それぞれの違いがあるのだから、
上達過程にも違いがあって当然と思いがちではあるけれど、
実は、上達というのは、
自分を育てる人生ゲームである

どんな子供が育つのか
それは、自分をどう教育をしていくかにかかっている

自分に厳しくなくてもいい
ただ、ダメなものはダメと言える自分であるだけなのだ