2008.04.09~04.10 (13日目~14日目)    三重県 尾鷲市




朝起きて、憂太君に心の中でお別れを言いながら出発。


とても清々しくて気持ちのいい朝だ。



走り出してから3時間程で道に変化があらわれた。


山道~港町~山道~港町  これのくり返しになってきた。


田舎の風景は好きだから目は楽しめるが、体力がついていかない。


そんな中スタミナもほとんど使い果たし、目の前のとてつもない上り坂を放心状態で眺めていると、上からチャリダーが軽快に坂道を下ってきた。


「はぅ あー ゆぅ?」


・・・英語だ。


中学レベルの英会話力しか持たないおれはドギマギ。


ジェスチャーでどうにかこうにか会話をする。


彼はドイツ人で上海から大阪までフェリーで来て、なんとおれの実家のある鎌倉を目指しているというのだ。


すっかり気分を良くして、地図を見せながら鎌倉を説明していると、彼は名古屋を指差して 「I don't like city」と言った。


おれが 「そぅ?賑やかで楽しくない?」 と返すと 「そのうち分かるさ」 的な事を言って去っていった。


よく分からないなぁ・・・。




その後、体力も絶え絶えながら、休み休み走ってゼェゼェ言いながら、この日の目的地である道の駅「海山」に到着。


この海山は世界遺産である「熊野古道」の入り口に程近い場所にある。



海山に着く20分前から雨に降られ、体力的にも限界だった。


予報によると翌日も雨だからここで2泊する可能性は非常に高い。


何も買わずに居座るのも居心地が良くないので、コーヒーとパンを購入。


店員さんに 「宿泊してもいいですか?」 と素直に聞くべきが迷っていると、メガネをかけた見るからに優しそうな店員さんが


「この雨じゃ自転車で進むのムリでしょ。テント張ってもいいからゆっくり体を休めていきな。」


と言ってくれた。


そこまで優しさに詰まった言葉を頂けるとは思わなかったからキョトンとしてしまった。



道の駅の物産展も閉まり、人が減ってきたので食事の準備をしようとしているとメガネのお兄さんがやってきた。


「これ、売れなかったやつだから食べて」


と袋を手渡してくれた。


中にはおし寿司やおにぎりやパンが沢山入っていた。


もう本当に感謝の気持ちで溢れた。


お兄さんは 「捨てるのもったいないから」 と言って帰っていった。


おれは頂いた名産品などを人目も触れずがっついた。



翌日、予報どおり雨。


仕方なく持ってきていた本を読みながら1日をダラダラと過ごす。


1日あれば2.3冊は読めるかな。なんて思っていたケドそうもいかなかった。


雨の中観光バスが次々と入ってきて、好奇心旺盛な観光客がおれに色々と質問をしてくるのだ。


同じような質問に同じような答え。でも話す相手が違うとリアクションも人それぞれで、オーバーに驚く人や冷静に返してくる人、それを見ているのが楽しくてたまらなかった。


そんななか、中国人と思われる集団がバスから降りてきた。


さすがに中国語会話はできないな・・・。そう思いながら観光客を見ていると女性2人組みが近寄ってきた。


「どーしよ・・・。」とドキドキしていると


「うぇあ あー ゆぅ ふろぅむ」


ん?英語だ。


どうやらこの人達、仕事で日常的に英語を話すらしいのだ。


なるほど、かなり流暢な英語だ。 ところどころ単語が聞き取れない・・・。


でもどうにか身振り手振りのコミュニケーションで会話成立。


話が盛り上がっているところでバスの出発時間がきてしまった。


お互いに住所と電話番号を交換して 「ぐっらっ!!」 と別れた。



夕方の4時ごろ、急に風呂に入りたくなり近くの銭湯へ行くことに。


やっぱりゆっくりと風呂に入ると癒される。


観光客と話している時に気づかぬうちに疲れが溜まっていたらしい。



さっぱりとした気分で道の駅に戻ると物産展はすでに閉まって暗くなっていた。


のんびりとしているうちに7時を回っていた。


自転車に近寄っていくとハンドルに袋がかけてあった。


中を覗いてみると昨日と同じように食べ物が入っていた。


少し涙が出そうになった。


本人がいないのにわざわざ置いていってくれるなんて・・・。


この日はがっつかずに優しさをしっかりとかみ締めながら食べた。



「きっと、こういうことなんだろうな」 と思った。


「おれはどんな場所でどんな事をしていようとも色んな人に支えられて、助けられて生きているんだな」 とおもう。


「ひとりでも生きていける力を身につける為に」 と密かに思って旅に出てみたが、それが思い上がりだと知った。


ひとりでも生きていけるという事自体が他人が見えていない証拠なんだろう。


「ひとりでも生きていける力」 ではなくて 「支え合って生きていける力」 を身につけるべきなんだ。


おれにしか出来ないであろう事で他人を支える。そんな強さを持たなければ。

2008.04.08 (12日目)   三重県 南伊勢町



日が変わった午前1時ごろ急な腹痛に目を覚ます。


「あぁ、やってしまったな」


そう思った。  食あたりだ。


原因は何か判断できないが、この痛み方は間違いなく食あたりだった。


食あたりは以前に一度起こしたことがあるので確信した。


もしこれが初めての食あたりだったら、ひとりでパニックになり大変だったろう。


それ程食あたりというのは通常起こす腹痛とは比較にならないほど激しい。


とりあえず胃薬を飲んで、なるべく水分と食べ物を摂取して雑菌を体外に出す。


こんなことでも経験してると違うな、と思い知る。




で、痛みに何度も起こされながらも、朝7時に起床。ダラダラと準備をして10時半に伊勢神宮外宮に到着。


外宮はそこまで広くないので30分で参拝終了。



その後、内宮へ移動し「おかげ横丁」を散策。


あいかわらずおかげ横丁は独特な雰囲気がある。


現代人が作った町並みなのに、昔の城下町のような雰囲気がある。


まぁ昔の城下町自体見たことがないんで、よく分からないが・・・。



内宮もあいかわらずだった。


大学の旅行で来たときも思ったが、これこそ正に『神々しい』というものなんだな、という印象を受ける。


入り口となる橋を渡り始めた途端 「こっち側とは違う空気だな」 と感じる。


更に進んでいくと、もっとビリビリした空気というかゴゥゴゥした空気というか形容しきれない空気を感じるようになる。



少し緊張ぎみに参拝をすませ再出発。


胃は薬のおかげもあってか、昨夜ほどではなくなっている。


でも少し走って異変に気づく。


昨夜何度も起きたせいか、体の中で雑菌と闘っているせいかスタミナが極端に落ちている。


仕方なく40km程度走った所でテントを張ることに。




夕食を済ませ、日記を付けているとまた体に異変が・・・。



トイレに行きたい・・・。


ちょうど50m程離れた所に「近所サン御用達」と言わんばかりのバーがあったので、そこへ行くことに。


というより、そこ以外に店も家も無かったので選択の余地なし・・・。


その店は若い(30代前半ぐらいの)女性とその子供(姉7才と弟4才)がいた。


用件を伝え用を済ませた後、そのまま出て行くのも悪いなと思い、ビールを1杯頼む。



ビールを半分程飲むと息子君が近くに来て


「ぼく憂太っていうの。見て見て!!」


と自分の宝箱から今まで集めてきた宝物を見せてくれた。


キラキラ光るプラスチックの宝石・アンパンマンのマグネット・スーパーボール。


色んな宝物を見せてもらった後に、スーパーボールで2人して遊んでいた。


すると母親がグレープフルーツを出してくれた。


「私たちのデザートで切ったんですけど、4人分出来たんで召し上がってください」


ありがたく憂太君と一緒にキャッキャ笑いながら食べた。



そうこうしているうちにいつの間にか時間は9時になっていた。


疲れもあるし、明日のことを考えるともう寝なければ。そう思い、席を立った。


会計を済ませ出口に向かうと憂太君が寂しそうな目でついてきた。


「そんな目されると帰れないよ・・・。」子供は不思議な引力がある。


でも疲れもピークだったので、後ろ髪を引かれながらも出て行こうとすると


「これあげる!」


と憂太君がプラスチックの宝石と折り紙で作ったハサミを持ってきてくれた。


自分の宝物をくれるなんて!!


もう少しで抱きつくところだった(笑)



母親に住所を聞いて 「沖縄に着いたら手紙書くからね」 と憂太君と約束した。


またひとり友達ができてしまった☆


この夜は結局 「手紙の書き出しはなんて書こうかな」 なんて考え、なかなか寝付けなかった。

2008.04.06~2008.04.07 (10日目~11日目)   三重県伊勢市




まるまる1日かけて名古屋から伊勢神宮へ移動。




伊勢神宮は外宮と内宮に分かれて作られており、内宮に天照大神(あまてらすおおみかみ)が外宮に天照大神の食事をとりしきる神が祀られているそうです。


基本的に参拝方法としては外宮で「これから天照大神様にお参りに行かせて頂きます」とお参りをした後に、5km程離れた内宮へ行きお参りするのが通例のようです。




伊勢神宮に着いたのは午後7時過ぎだったので、とりあえず近くのビジネスホテルに泊まることに。


翌日は雨が降っていたので、参拝はせずに友達に教えてもらったユースホテルへ宿を移し、少し散歩をする。(ビジネスホテルよりも千円程安かった!!)


ユースホテルでは基本的にドミトリー(相部屋)タイプが多いのだけれども、観光シーズンから外れていることもあってか、一人一部屋使える状態に。


『ここで色んな人と出会って、情報収集したかったな・・・。』


そんなことを思いながら、夜風呂に入りに廊下をテクテク歩いていると、ちょうど夕食をとっているグループに話しかけられた。


「下に置いてあった自転車は兄ちゃんのかい?」


どうやら、そのグループの一人が40年程前に自転車で日本一周をした人らしいのだ。


とうぜん風呂はスルーして、食堂に座り話を聞くことに。



旅の話は当然楽しかったのだけど、その後の話も興味深かった。



「日本一周から帰ると突然やるせないというか、変な気持が湧き上がってくる。


今度は世界を見てみたい。っていう思いが湧き上がってくるんだ。」


「でもそこで世界一周なんて事をしてはいけない。そんなことをしたらキリがないからな。帰ったら働いて、定年退職したらおれみたいにブラブラすればいい。」



世界一周。当然外国にも興味はあるし、行きたいという夢もある。でも経験者からの話はとてもリアルで今後を考えさせられた。