初めての給料日でした。12,000円の給与も税金や天引き後は6,000円でしたが、「ホンマに6,000円でやっていけるんかいな?」って感じちゃいましたが、そのうち5,000円を仕送りしてましたから、本当に大したものですよね。澄子なんかは全額仕送りしようとしてましたからね。。。
以前にも書きましたが、ワタシの初任給は38年前で105,000円でした。ドラマでも説明していましたが、初回こそ口座手続きが出来ていないので現金支給でしたが、次の給与からは口座振込でした。給料日には給料明細書というのが配られ、それをビリビリと開けて中をコソ見していました。
当時は寮生でしたが独身でしたので、給料日当日は懐は豊かでしたね。でも入社後年月を経過するに従い、給料日に寮費以外に天引きされるものがドンドン増えてゆきました。この時代に流通していなかったクレジットカードってのもそうでしたし、寮の管理人さんからも無利子で貸してもらえました。給料日には返済額一覧表が寮廊下に張り出されていましたが、いつも上位にランクインしていたのは同じメンバーでした。(笑) 入社2年目くらいになると車を買う同期や先輩もいて、それなりに出費が嵩んでゆきました。
さて、番組で涙を誘う場面がありましたね。なぜか給料日当日に寮まで出張販売にくる業者さんがいましたが、みね子が気に入ったブラウスの値段が給料残額では買うことができず、あきらめてしまいましたが、それを他の同僚が気に入って購入。しかもそれを着てお出かけするところまで見てしまったのですから、みね子はさぞ辛かったと思います。大したことないブラウスだと思いましたが、実際に着用したのを見てみると、それなりに映えていましただけにみね子にとってはとても残念でしたね。
その代わり母美代子お手製のブラウスが届いたときには、堪えきれなくなって涙していましたが、あの涙は母への感謝と同時に、買えなかった無念さもあったのではないでしょうかね。。。。
ワタシは結婚時に家計を家内に任せることにしましたので、給与明細を見ることはあっても、給料日に贅沢をすることはありませんでした。というのも、家内からお小遣いをもらうのは“給料日翌日”ですから、当日の財布はまだピーピーでした。(笑) それに新婚当初の小遣いは相当厳しい状態でしたから、同僚や先輩と飲みにゆくにしてもそうハメを外すことは出来ませんでした。
そんな私たちにとって天国のようなお店(一杯飲み屋)が会社近所にありました。カウンターに2−3人、四人掛けのテーブル、三畳程度の和室だけの小さなお店で、店名は“みふね”という名前でした。駐在から戻った時には区画整理もあってお店はなくなっていましたが、何と半年間ツケで飲み食いさせてくれるお店でした。お母さん一人でやっていましたが、なんでも四谷の方で飲み屋を経営していて、余興的にその小さなお店をやっていたようです。でも中にはこのお店が嫌いな人もいました。というのも“同じメニューを飲み食いしても、都度金額が異なる。”というイチャモン付けの人でした。おばちゃんは注文を聞いてもチョコチョコっとメモするだけですから、時々記載忘れや重複があったのでしょうね。この人は飲み食いした内容をメモにし、それと同じ注文を何度かして実証していました。でもワタシは半年間も金利無しでツケにしてくれるのだから、そんな誤差は全く気にしていませんでした。ちなみに決済はボーナス支給月でしたが、ツワモノはボーナスの半分くらいがここの精算額というものでした。このツワモノはほぼ毎日寄っていましたからね。。。
女子工員さんたちはそういう酒や無駄遣いはしないのでしょうね。。。