『大正ロマン~なかのオペラ村物語』
浅草オペラに対抗して「中野オペラ村」を!!
Classicから童謡・Jazzまで、ジャンルを超えた音楽を使い、人の差別を超える舞台~『なかのオペラ団』の小屋建設に立ち上がる町人の物語。
M.0 オペラ「タンホイザーの歌合戦マーチ」
N.(講談語り風に)時は大正中の頃、大正ロマンに酔いしれるお江戸東京・中野村の物語。
オペラ小屋建設を夢見る町の善人たち、あまり自由な表現がまかり通るのは困りものと考えている官吏の人たち・・
鍋屋横丁、青梅街道・・新宿から20~30分も歩けば到着する庶民の街。梅林・料亭・茶屋が並び、内藤新宿から発した唐辛子栽培が店先をにぎやかす。
人の好い猫八・熊吉のコンビが、浅草の盛り場に出かけ、評判の「オペラ」を見てきたところから、物語は始まる(のでございます)。
M1.「恋は優し野辺の花よ」 ♫~
*猫八 :いや~あのテノールは素晴らしかったなぁ、田谷力三って云ったかなぁ、男前で立派な声で、ありゃカルーソーも真っ青だな。
*熊吉 :なんだお前、ずいぶん学があるね、カルーソーなんて知っているんだ。女も良かったな、「芸術座」の松井須磨子もびっくりだ。
「元始(げんし)女性は太陽であった」なんて、平塚らいてう先生も言われたが、この日本では、天照大神(アマテラス~)の時代から、ご維新の時を超えて、あの伊藤博文公だって女性に頭が上がらない。その立派な女どもを上手にたぶらかすのが、男前のテノールっていうわけさ。ワッカルカイ・・?
M2.「女心の歌」(あるいは「”カルメン”のハバネラ」)♫~
N. 猫八・熊吉の二人がなんだかんだ話しているところへ、名主の虎三が現れる。
*虎三:お方々、ずいぶん盛り上がっているじゃぁないか、なんだい「浅草オペラ」で金龍館に行ってきたって??街中でオペラの歌を口ずさんで、すごい景気だって・・
なんでいなんでい、この中野にも昔は「中野長者」なんていう、江戸一番の大金持ちがいたのさ。浅草なんぞに負けちゃらんねぇ。こちとらも”江戸っ子”の端くれ!! この茶屋や料亭の構えをご覧よ。
どうでいどうでい、ひとつ気張って、この中野村にも、浅草に負けねぇ立派な「オペラ小屋」をおっ立ててみねぇか!??
*猫&熊二人 :え~~っ!!それはビックリ!!スンバらしいお話だけんど、うるさ方のお上が何ていうかな~??
*虎三 :いやいや、ご維新の文明開化から富国強兵、お隣の清国にも勝って、大国ロシアにも勝った。鹿鳴館ご貴族様の時代から、今や大正ロマン真っ盛り、我ら町人の心意気を見せる時代になったんだ!「オペラ小屋」のひとつやふたつ・・
海の向こうのメリケンじゃぁ、ニューオーリンズから始まった「民の音楽」が、”JAZZ"って名前になって、いろんなショーをやったり、ずいぶん景気がいいって話じゃねぇか!!
こちとら「中野」は、「東京ど真ん中の、野っぱら」だっちゅうんだ!!
浅草がクラシック・オペラなら、中野は、歌謡曲やJAZZ・日本古来の曲まで、あらゆる種類の音楽を使って、もっと自由な「人間広場のオペレッタ」をつくってやろうじゃないか?? どうでぃ×2~3・・!!? (拍手~!!)
N. さてここで歌いますルのは、当時の浅草オペラの大スター、二村定一が歌ってヒットしたあの名曲、
M3.「君恋し」♫~
N. そこにお役人の、サーベル~山縣が登場した。
> 人には生まれながらにして、分相応、差別・区別があるもんだ。金持ちは金持ち、貧乏人は貧乏人。身分制度が終わっても、貴族は貴族、士族は士族、農民は農民、そして町人・商人は、一番下の身分なんだ!!
小学校の先生にも、「大正自由主義教育」だか何だか、勝手なことを言う、困った者(もん)がいるんだ。「なかの小学校」の常八校長なんかは、そのいい例だ。みんな弁当を持ってきているのに、持ってこられない貧乏人に、炊き出しの「給食」とやらをわけてあげているのだ。まったくけしからん!!貧乏人をつけ上がらせてるだけじゃぁないか!?
M4.「”こうもり”よりアデーレのアリア」♫~ワルツ(あるいは「”Cats”よりメモリー」「サウンドオブミュージック」など)
N. 常八先生が云う。
> 江戸が東京に変わって50年余り。江戸も東京も、全国から集った人々の寄せ集まりでできている。ぎゅうぎゅう詰めの長屋住まいでは、”袖すり合わすも他人の縁”と、傘を斜めにしてすれ違ったり、心和むように花を活けたり、温かい知恵を出して、お互いに助け合って暮らしているんだ。
私も北海道から志をもって上京した。東京はもともと、地方出身者の血と汗と涙でできた土(つち)の上に立っているんじゃないのかな??
その大地の平等の上で、お前が下で俺が上だ!~などと差別したって、いいことはないよ。みんなが幸せになるために、ホントの教育はあるんだよ。
N. こんな考えが、サーベル~山縣には理解ができない。
> おまけに、ねんねこ半纏で来る、風呂にも入ってないような、小汚いオッカサンに、古い新聞紙なんかやって、「背中と子どもの間に入れとくと、温(あった)かくなっていいよ!」なんて、ふざけた親切をしている。不潔でたまらん!!病気が広がったらどうするんだ!!朝鮮人や部落民まで平等に扱おうなんて、まったく許せんことだ!!
ブン!!ブン!!、ブンタカブン!!~♬(・・吾輩は分隊長閣下である!!)
> 貧乏人は、「おれは河原の枯れすすき、同じおまえも枯れすすき~♪」などと唄っていればいいんだ!!
N. 常八は云う・・
> すべての子どもの可能性を、もっともっと引き出してあげたいんだ!!
つらい時・哀しい時、月の光・星のまたたきを見つめてごらん。誰かがどこかで、君のことをきっと応援してくれているよ!!大きな声で、思いきり歌ってごらん~君じゃなきゃできない「夢」が、空いっぱいに広がるはずだよ。
M5.「月光価千金」(あるいは「私の青空」)♫~
>そうそう海の向こうの自由詩人、ホイットマンは詠ったそうだ。
” わたしは、人のことなら頭のてっぺんから足の指先まで、全てを歌う。
わたしにとって「奇跡」でないものは、何一つないのだから・・”
M6.「見果てぬ夢」♫~(あるいは「人よ」ホイットマン物語より~)
情熱の詩人「みだれ髪」の与謝野晶子は詠う・・
” 血を燃やすほどに熱く生きる君は、神にも勝る”
” 柔肌の熱き血潮に触れもみで、道を説くかな哀れなる君・・”~と。
M7.「ゴンドラの唄」♫~いのちみぢかし~
N. さて、中野村に「オペラ小屋」を建てる計画、町民たちの「夢」はどうなったのか??
鍋屋横丁の、町人・商家のみならず、地主・旧家・僧侶までが立ち上がり、土地の手配から寄付・勧請・申請まで、虎三を中心にまとまりかけていた。建設開始まで、あと一歩のところに来ていたのだ。
しかし、この動きをやっかむ者がいた。”この世の半分は嫉妬でできている”
国に危険をもたらす「無政府主義」の疑いがあるとして、”視学(今の教育委員会)”に常八校長が密告された。町民の団結を分断するために、虎三たちには、もっといい商売があると、”密造酒づくり”を勧める者も(が)いたのだ。。
M8.「”椿姫”~乾杯の歌」・・急に終わる。。
N. こんな時に起こったのが、歴史をひっくり返した《関東大震災》である!! BGM: 怖ろしい音(即興的に)・・
大正12年9月1日11時58分のお昼時。相模湾沖を震源として、関東一帯の死者・行方不明者10万5000人。建物の被害は、全壊半壊合わせて26万棟、焼失は45万棟。特に被害の大きかった東京では、建物の6割が倒壊した。火災などによる死者は、なんと6万人を越えた!!浅草のオペラ小屋も倒れ、高層12階も傾いた。街は崩れ、すべては廃墟と化した。 かの文豪・高山樗牛は、「”枯れすすき”の歌とともに天災がやってきた…」と嘆いた。
中野村は下町ほどではなかったが、家庭から出た火が燃え広がり、青梅街道の多くが火の海となった。横浜などでは、火災の原因を他国の人に擦(なす)り付け、戒厳令のもと、虐殺や私刑(リンチ殺人)が行われた。
N. 廃墟に残った人々・・しかし、猫八も熊吉も、虎三も常八先生も負けていなかった。
日ごろよく付き合っていた人たちが、ふだん拠点にしていた茶店(ちゃや)や商家・広場や学校を、燃えあがる火から、身体を張って守ったのだ!!
一面の焼け野原の中で、残った食材や物資を集め、たき火が始まった。。
M9.「たき火の歌」♫~ (上高田三丁目に”発祥の地”の歌碑あり。)
・・これがおれたちの、みんなを守る”炊き出しの歌”だ。
心に歌さえあれば、おれたちは絶対に立ち上がれる。上も下もなく、肩が組める。
風呂にだって入れる、家だってまた建てられる。年配者を幸せに、子どもだって育てられる。
人種や身分を超えて、肩を組もうじゃないか!!心と心で、抱(いだ)きあおうじゃないか!!? おれたちは絶対にへこたれない、この勇気の歌を歌いながら、再び生き直すんだ・・!!
M10.『復興・歓喜の第九:喜びの歌』♫ *~*を繰り返す
1.めぐりあわせがわるいだなんて、だれもおもっていないはず なんだ
*こころのとびらを、たたいてごらん はれるやあかるい、ひかりがみえるよ *(間奏)
2.つくってこわされて、またつくりゆく ふりかえればいま、さくらがさくよ
*どんなにないても、かまわないけど さいごのしょうりは、われらのえがお*~ (間奏)
3.ららら~ *どんなにないても、かまわないけど さいごのしょうりは、われらのえがお~* さいごのしょうりは、みんなのえがお~♪
M. エピローグ:When-You're-Smiling~♫~
浅草オペラに対抗して「中野オペラ村」を!!
Classicから童謡・Jazzまで、ジャンルを超えた音楽を使い、人の差別を超える舞台~『なかのオペラ団』の小屋建設に立ち上がる町人の物語。
M.0 オペラ「タンホイザーの歌合戦マーチ」
N.(講談語り風に)時は大正中の頃、大正ロマンに酔いしれるお江戸東京・中野村の物語。
オペラ小屋建設を夢見る町の善人たち、あまり自由な表現がまかり通るのは困りものと考えている官吏の人たち・・
鍋屋横丁、青梅街道・・新宿から20~30分も歩けば到着する庶民の街。梅林・料亭・茶屋が並び、内藤新宿から発した唐辛子栽培が店先をにぎやかす。
人の好い猫八・熊吉のコンビが、浅草の盛り場に出かけ、評判の「オペラ」を見てきたところから、物語は始まる(のでございます)。
M1.「恋は優し野辺の花よ」 ♫~
*猫八 :いや~あのテノールは素晴らしかったなぁ、田谷力三って云ったかなぁ、男前で立派な声で、ありゃカルーソーも真っ青だな。
*熊吉 :なんだお前、ずいぶん学があるね、カルーソーなんて知っているんだ。女も良かったな、「芸術座」の松井須磨子もびっくりだ。
「元始(げんし)女性は太陽であった」なんて、平塚らいてう先生も言われたが、この日本では、天照大神(アマテラス~)の時代から、ご維新の時を超えて、あの伊藤博文公だって女性に頭が上がらない。その立派な女どもを上手にたぶらかすのが、男前のテノールっていうわけさ。ワッカルカイ・・?
M2.「女心の歌」(あるいは「”カルメン”のハバネラ」)♫~
N. 猫八・熊吉の二人がなんだかんだ話しているところへ、名主の虎三が現れる。
*虎三:お方々、ずいぶん盛り上がっているじゃぁないか、なんだい「浅草オペラ」で金龍館に行ってきたって??街中でオペラの歌を口ずさんで、すごい景気だって・・
なんでいなんでい、この中野にも昔は「中野長者」なんていう、江戸一番の大金持ちがいたのさ。浅草なんぞに負けちゃらんねぇ。こちとらも”江戸っ子”の端くれ!! この茶屋や料亭の構えをご覧よ。
どうでいどうでい、ひとつ気張って、この中野村にも、浅草に負けねぇ立派な「オペラ小屋」をおっ立ててみねぇか!??
*猫&熊二人 :え~~っ!!それはビックリ!!スンバらしいお話だけんど、うるさ方のお上が何ていうかな~??
*虎三 :いやいや、ご維新の文明開化から富国強兵、お隣の清国にも勝って、大国ロシアにも勝った。鹿鳴館ご貴族様の時代から、今や大正ロマン真っ盛り、我ら町人の心意気を見せる時代になったんだ!「オペラ小屋」のひとつやふたつ・・
海の向こうのメリケンじゃぁ、ニューオーリンズから始まった「民の音楽」が、”JAZZ"って名前になって、いろんなショーをやったり、ずいぶん景気がいいって話じゃねぇか!!
こちとら「中野」は、「東京ど真ん中の、野っぱら」だっちゅうんだ!!
浅草がクラシック・オペラなら、中野は、歌謡曲やJAZZ・日本古来の曲まで、あらゆる種類の音楽を使って、もっと自由な「人間広場のオペレッタ」をつくってやろうじゃないか?? どうでぃ×2~3・・!!? (拍手~!!)
N. さてここで歌いますルのは、当時の浅草オペラの大スター、二村定一が歌ってヒットしたあの名曲、
M3.「君恋し」♫~
N. そこにお役人の、サーベル~山縣が登場した。
> 人には生まれながらにして、分相応、差別・区別があるもんだ。金持ちは金持ち、貧乏人は貧乏人。身分制度が終わっても、貴族は貴族、士族は士族、農民は農民、そして町人・商人は、一番下の身分なんだ!!
小学校の先生にも、「大正自由主義教育」だか何だか、勝手なことを言う、困った者(もん)がいるんだ。「なかの小学校」の常八校長なんかは、そのいい例だ。みんな弁当を持ってきているのに、持ってこられない貧乏人に、炊き出しの「給食」とやらをわけてあげているのだ。まったくけしからん!!貧乏人をつけ上がらせてるだけじゃぁないか!?
M4.「”こうもり”よりアデーレのアリア」♫~ワルツ(あるいは「”Cats”よりメモリー」「サウンドオブミュージック」など)
N. 常八先生が云う。
> 江戸が東京に変わって50年余り。江戸も東京も、全国から集った人々の寄せ集まりでできている。ぎゅうぎゅう詰めの長屋住まいでは、”袖すり合わすも他人の縁”と、傘を斜めにしてすれ違ったり、心和むように花を活けたり、温かい知恵を出して、お互いに助け合って暮らしているんだ。
私も北海道から志をもって上京した。東京はもともと、地方出身者の血と汗と涙でできた土(つち)の上に立っているんじゃないのかな??
その大地の平等の上で、お前が下で俺が上だ!~などと差別したって、いいことはないよ。みんなが幸せになるために、ホントの教育はあるんだよ。
N. こんな考えが、サーベル~山縣には理解ができない。
> おまけに、ねんねこ半纏で来る、風呂にも入ってないような、小汚いオッカサンに、古い新聞紙なんかやって、「背中と子どもの間に入れとくと、温(あった)かくなっていいよ!」なんて、ふざけた親切をしている。不潔でたまらん!!病気が広がったらどうするんだ!!朝鮮人や部落民まで平等に扱おうなんて、まったく許せんことだ!!
ブン!!ブン!!、ブンタカブン!!~♬(・・吾輩は分隊長閣下である!!)
> 貧乏人は、「おれは河原の枯れすすき、同じおまえも枯れすすき~♪」などと唄っていればいいんだ!!
N. 常八は云う・・
> すべての子どもの可能性を、もっともっと引き出してあげたいんだ!!
つらい時・哀しい時、月の光・星のまたたきを見つめてごらん。誰かがどこかで、君のことをきっと応援してくれているよ!!大きな声で、思いきり歌ってごらん~君じゃなきゃできない「夢」が、空いっぱいに広がるはずだよ。
M5.「月光価千金」(あるいは「私の青空」)♫~
>そうそう海の向こうの自由詩人、ホイットマンは詠ったそうだ。
” わたしは、人のことなら頭のてっぺんから足の指先まで、全てを歌う。
わたしにとって「奇跡」でないものは、何一つないのだから・・”
M6.「見果てぬ夢」♫~(あるいは「人よ」ホイットマン物語より~)
情熱の詩人「みだれ髪」の与謝野晶子は詠う・・
” 血を燃やすほどに熱く生きる君は、神にも勝る”
” 柔肌の熱き血潮に触れもみで、道を説くかな哀れなる君・・”~と。
M7.「ゴンドラの唄」♫~いのちみぢかし~
N. さて、中野村に「オペラ小屋」を建てる計画、町民たちの「夢」はどうなったのか??
鍋屋横丁の、町人・商家のみならず、地主・旧家・僧侶までが立ち上がり、土地の手配から寄付・勧請・申請まで、虎三を中心にまとまりかけていた。建設開始まで、あと一歩のところに来ていたのだ。
しかし、この動きをやっかむ者がいた。”この世の半分は嫉妬でできている”
国に危険をもたらす「無政府主義」の疑いがあるとして、”視学(今の教育委員会)”に常八校長が密告された。町民の団結を分断するために、虎三たちには、もっといい商売があると、”密造酒づくり”を勧める者も(が)いたのだ。。
M8.「”椿姫”~乾杯の歌」・・急に終わる。。
N. こんな時に起こったのが、歴史をひっくり返した《関東大震災》である!! BGM: 怖ろしい音(即興的に)・・
大正12年9月1日11時58分のお昼時。相模湾沖を震源として、関東一帯の死者・行方不明者10万5000人。建物の被害は、全壊半壊合わせて26万棟、焼失は45万棟。特に被害の大きかった東京では、建物の6割が倒壊した。火災などによる死者は、なんと6万人を越えた!!浅草のオペラ小屋も倒れ、高層12階も傾いた。街は崩れ、すべては廃墟と化した。 かの文豪・高山樗牛は、「”枯れすすき”の歌とともに天災がやってきた…」と嘆いた。
中野村は下町ほどではなかったが、家庭から出た火が燃え広がり、青梅街道の多くが火の海となった。横浜などでは、火災の原因を他国の人に擦(なす)り付け、戒厳令のもと、虐殺や私刑(リンチ殺人)が行われた。
N. 廃墟に残った人々・・しかし、猫八も熊吉も、虎三も常八先生も負けていなかった。
日ごろよく付き合っていた人たちが、ふだん拠点にしていた茶店(ちゃや)や商家・広場や学校を、燃えあがる火から、身体を張って守ったのだ!!
一面の焼け野原の中で、残った食材や物資を集め、たき火が始まった。。
M9.「たき火の歌」♫~ (上高田三丁目に”発祥の地”の歌碑あり。)
・・これがおれたちの、みんなを守る”炊き出しの歌”だ。
心に歌さえあれば、おれたちは絶対に立ち上がれる。上も下もなく、肩が組める。
風呂にだって入れる、家だってまた建てられる。年配者を幸せに、子どもだって育てられる。
人種や身分を超えて、肩を組もうじゃないか!!心と心で、抱(いだ)きあおうじゃないか!!? おれたちは絶対にへこたれない、この勇気の歌を歌いながら、再び生き直すんだ・・!!
M10.『復興・歓喜の第九:喜びの歌』♫ *~*を繰り返す
1.めぐりあわせがわるいだなんて、だれもおもっていないはず なんだ
*こころのとびらを、たたいてごらん はれるやあかるい、ひかりがみえるよ *(間奏)
2.つくってこわされて、またつくりゆく ふりかえればいま、さくらがさくよ
*どんなにないても、かまわないけど さいごのしょうりは、われらのえがお*~ (間奏)
3.ららら~ *どんなにないても、かまわないけど さいごのしょうりは、われらのえがお~* さいごのしょうりは、みんなのえがお~♪
M. エピローグ:When-You're-Smiling~♫~
