ナレーション組曲<愛と勇気と平和の人/東北の英雄「アテルイ」の物語> ・・(すべてオリジナルの楽曲「東北組曲」によります)
N.東北の英雄と云われ「火炎の人」と言われた勇者「アテルイ(阿弖流為)」は、心やさしい”愛と平和の人”でもあった。野山をゆくときにも、道端の花を踏まないように歩き、鳥の声・風の声を”自然の音楽”のように聞き分け、生まれ育った大地を愛し、人々を愛し、部族が平和に暮らせるよう、その祈りを天に捧げていた。。
M1.(新曲)「阿弖流為のテーマ」蝦夷(エミシ)の笛:野山・自然を歩くように・・
N.東北は深い。さまざまな人を養い、育てる力を持つ。
多くの部族・民族が暮らし、豊かな稔りと、光あふれる平和を謳歌する。
自然はゆるやかで広く、穏やかだが、時に激しく”大魔神”のように荒れ狂う時もある。
大地を潤す幾本もの大河は、その象徴として、偉大にしてゆうゆうと流れ、時に人間の傲慢を戒めるかように大氾濫を起こす。四季を通じて様々に色を変えるその流れに、我ら東北人は、”縄文の昔”のような、太古の郷愁を感じる。
M2.「米代川望郷の歌」
N.アテルイには大事な母「モレ(母礼)」がいた。部族の守り神のように賢く、戦術にも長け、争いが起きた時には、身を張って調停し、村人や息子たちの命を助けた。母には、大自然の生き物から学んだ、賢い知恵があった。
アテルイも、尊敬する母の元で成長するにつれ、若者や女人を愛するようになり、ロマンを育んだ。
その思いはやがて広がり、走り回っている東北を一つの”大陸”として、多様な人々を平和に修める夢となった。
M3.(新曲)「アテルイの愛とロマン」
N.しかも、アテルイは強かった。先輩の勇者と協力し、若者を育て、年配者を大事に、百戦百勝 !!~ 偉大な大丈夫(おおますらお)に育っていった。
ちょうどその頃、京の都を開いた桓武天皇から任命された征夷大将軍・坂上田村麻呂が派遣された。彼はなんと仙台と石巻の間にある要衝に、「多賀城」という要塞(とりで)を築いた。
アテルイはこれを、東北の民の力で取り囲み、あろうことか城に火を放った。「火炎の人・アテルイ」の名前のいわれとなる戦いが始まったのだ !!!~
M4.「炎の人・Black-Indian」(次にやるときは、Waltz「多賀城」にいたします。)
N.出生のいわれ(半島系の血を引いている)や皇室内の深刻な争いに悩んだ桓武天皇は、聖徳太子の説いた「平安の世」を作る理想を求めていた。各地の豪族に官位を与え、統治し、”和合の日本列島”を作る夢にまい進した。しかし中には、官位に付いた者を{エミシ}出身であるとして蔑み、その土地の人々の反乱が起きることもあった。
彼は、大陸や半島から渡った高い文化・調和の思想に傾倒した。もうあのような朝廷内で人が殺されるような悲惨な争いは真っ平だった。特定の人や部族が”神(上)”になる考えではなく、多様性を束ね、「和をもって貴し」と成したかった。
そして時は過ぎ・・東北大陸をまとめ、走り回り、連戦連勝の、さすがのアテルイも、物量を誇る大和の軍に捕らわれる事になった。。母とともに京の街を引きまわされ、その文化の美しさや、豊かな人々の笑顔を見せつけられた。
この時、最大の窮地にあってなを、アテルイいにある1つの不思議な確信が湧いた。
~我々東北人は、大和の人たちと平和にやっていけるはずだ。
私がこうべを垂れ、いったん負けることによって、わが愛する不屈の「東北の魂」が全国に浸透していくことになるのだ。
自然とともに生きていく人間の在り方や、我らの高い技術が、彼らの中の志のある人に伝わり、日本の中の「東北の心」になるのだ!京の文化も、実に優雅で素晴らしくい!
大和と東北が力を合わせれば、やがてひとつの「平和な日本」ができるはずなのだ!!・・
M5.「振袖は泣く」~ (いわみのや~たかつぬやま~やまの~)
N.民族にはそれぞれ固有の哀しみがある。それぞれ固有の知恵がある。それぞれ固有の{愛}がある。しかし皆、「母」から生まれた子供であることに違いはない。
アテルイは、わが母の磔(はりつけ)になっても笑顔を失わない姿、自然や人々を大切にする知恵を忘れなかった。夢とロマンは必ず伝播する。
いつか民族は融和し、海を隔てた人々とも、手を結ぶことができる。
大きな嵐の次には、平穏な「なぎ」が来る。海はどこまでもさらに深く続いている・・
M6.「一衣帯水・朝なぎ夕なぎ」~ (高い山の端に立って初めて海を見た時のように・・)
(End-Roll)
きみはうみをみている きみのちいさな めのなかで うみは かぎりなくあおい~
アンコール:『東北讃歌”Jan'Gala”』~






