人にはそれぞれ寿命がありそれぞれ異なる
長生きする者、なんらかの事情で早く空に導かれる者、人様々・・・
人が旅立つ時、個々各々、残された者は様々な感情や考え方、思いがある
特に若く早く旅立つ者に・・・自分はこう考える
もし魂というものが核で、この先あるであろう来世の世界での自分の役割を決めるため、人間の体を借り現世で魂を修行する場としたら・・・
きっと来世の世界も個々の魂の役割の場所があり
現世で長く生きてる者はもっと生きて色々学び鍛え次の世界でのステップアップに繋げるためか・・・
早く導かれた者は来世の場所に急に空きがあり呼ばれて行ったか、現世での修行で人より早くこなして先に行ったか、または修行に疲れ魂を休息させるため来世に呼ばれたか・・・
若く早く旅立つ者、特に自らの手で旅立ちをする者に対しては残された者は悲壮感、後悔の念、もっと生きていてほしかったなど思う・・・
それはが当り前だしそれが普通の感情・・・
自分は現世での魂の修行で人それぞれの限界があり頑張ったが途中で疲れ果て来世に魂が呼ばれたと・・・
人は長生きする人生が幸せと言うが、ただ長生きしてれば幸せと、旅立った周りの人は思うが自分自信の人生としては思えない・・・
毎日を本気で向き合いその中で休息しつつ、もし明日導かれても悔いのない日々を過ごす、そんな生き方に少しでも歩めるように・・・
それが自分にとっては人生の幸せだと感じる・・・
自ら旅立った者はきっと健常者の一日24時間が何十倍もの時間に感じ、解放する空間もなくいくら周りが支えたりしても根本にある孤独感と戦いながら毎日が過ぎてるんだと思う、だからきっと健常者よりも24時間を日々自分と向き合い様々な事を考え疲れたり自分が嫌になり周りも見えなくなり・・・それだけの時間日々一日を向き合えば人間の歳に換算すれば体を置いて魂だけ先に年齢が加速され人間の体を借りてる期間の寿命がきたのかもしれない・・・
苦しみもがいた人間という借り物から魂が解放され来世の世界でまた新たな日々を過ごしていると・・・自ら旅立った者へはそう思いたい・・・
