8月16日、毎年行こうと思いながら、気が付くと忘れていて行く事が出来ない場所。。。
長崎の”光源時”というお寺。
毎年この日だけ見る事が出来る物が有る。
”「産女(うぐめ)の幽霊」ご開帳”だ
この日だけしか見る事が出来ない幽霊の像。
全国的によく聞く”飴やの幽霊”とほぼ同じような長崎の民話の事。
ただし、”火のない所に煙は立たず”のことわざも有るくらいなので、まんざら嘘ではないのだろうと思っている。
幽霊でないにしても、何らかの似たような出来事が有ったのではないのかな?と感じる。
飴やさんに夜な夜な飴を買いに来る女性。7日目お金が足りなくなったが飴を分けてもらえた。
そのお礼として、有る場所を掘ってみてほしい・・と言い残して帰って行ったが、それをツケテ行った飴やさんが見たのはお墓へ消えていった女の人とお墓の中で泣いていた赤ちゃん。
お乳をあげる事が出来ない幽霊が、飴を赤ちゃんに与えるために飴やへ通っていたという話し。
この時代”三途の川”の渡し賃として6文を棺に入れていたらしい。
この6文を使ってまで赤ちゃんに飴を与えていたという、やさしいお母さんの幽霊の話しを、1年に1回だけ幽霊像と合わせて、お寺の住職から聞く事が出来る。
帰りには実際に飴も貰えるが、話しを聞いた子供たちも怖いというより、なぜかやさしい顔になっているのがいつもTVで映される。
幽霊の話しというよりも、ヒトが本来持っている有るべき姿の話なのかもしれない。
よく言う、”ヒトは生まれながらに、悪い人はいない”って事と同じなのかも。
それと同時に、親はどんな時でも子供の事を思っている=ひとの愛情は尊いもの
ってことを、住職さんも説法で説いているのかもしれない。
親が子を手にかける、反対に子が親を手にかける。そんな時代に必要な心の話しだろうな。
このブログに来てくれた方、ぜひ上をクリックしてお話を読んでみてください。
心が洗われるかも知れません。
