まだ兵庫区にいた頃

母が亡くなる少し前までかな、まだそのお医者さんはご健在で

私のカルテがお医者さんの手元に行くとすぐに

「美代ちゃん来たんか、もう少し待っとってな」

と診察室から顔を出して言ってくれてた


順番が来て、診察室中待合に移動

そうするとすぐに「美代ちゃん、そこにオッチントンしとってなぁ」と声をかけて下さる


そして診察

「今度はここにオッチントンやで」

の言葉と共に、診察からの処置 (逆さまつ毛)

「おお〜涙出て来たなぁ〜痛い痛いやなぁ〜拭いたろな..この先生は美代ちゃんに痛いことする悪い先生やなぁ」

と処置中続く

処置中「この患者なんなん❓」と言うような看護婦さんの視線

そして

「美代ちゃん1人で来たんやなぁ、1人で来れるようになって偉いなぁ〜お母ちゃん元気か❓」
「美代ちゃんはいつもお母ちゃんの膝に座って..赤ちゃんの頃からやなぁ」

と思い出話しになると、看護婦さんが「そうなんやね」の視線になって...


目ばちこ(ものもらい)の時は、奥の手術室に入って

「この子を動かないように固定して❗あかん❗きつくしたらあかん❗優しくキチンと固定❗」

とお医者さんの声

それから私に

「怖くないからな。チクッとするだけやからな」
「おお〜偉いなぁ❗動かんかったなぁ❗賢いなぁ」

と続く褒め言葉。看護婦さんの笑いをこらえる顔



今となっては、少しだけでも戻ってみたい
















母を入院させてすぐだったかな

担当の先生がお母さんの病状をお話ししたいそうです。と連絡があり

みなとじま駅 (当時は市民病院前) にあった頃の 市民病院7階へ


ナースセンターに背の高いお医者さんが

「あの人かな❓」と思い「あの〜」と声をかけると

『ん❓お嬢ちゃんどうしたの❓』

私が言葉に詰まっていると

『あ〜❗お母さんどこ❓先生はお母さんにお話しがあって...』

「母は入院してて、この病棟に居ます」と返事をすると、キョトン顔され

看護婦さん (当時の呼び方)が「あ〜娘さんですね」と一言

そしたら、おい先生よぉ〜どっから声出してる❓というくらいの『ええ〜っ⁉️』

気まずそうに『では、こちらへ』と言った顔、今思い出してもぶふってなる(˶ᐢᗜᐢ˶)w


向こうが名乗ったあと「気にしないで下さいね、いつも幼児に見られてますから」と笑ったな、私



いつからかな❓その医師とタメ口で話すようになってて

いろんな話しをしてたな
















私の首の骨はボロボロ、腰の骨は1本骨盤にめり込んでる

そりゃ〜若い頃がねぇ〜


兵庫区に居た頃は1週間から2週間毎に弱ってる場所のチェックと、ブロック注射をしていた

その時、いろいろと身体のメンテナンスをしていただいてた

人間として重要な骨がボロボロなので、寝たきりにならないように


しかし、トラマールとソランタールを服用して癌からの疼痛は消えてるけど

30日レントゲンまで取って診てもらった左肩から肘までが痛い。ちょっと痛すぎる

なんやこれ