生き物って、死んだ後の意識はどうなるのでしょう。

魂だけ生まれ変わってまた別の人生を歩むのでしょうか?

それとも死はただただ「無」であり、その死後の先には何もないのでしょうか。

あるいは天国か地獄に振り分けされて未来永劫、その場所で過ごすのでしょうか。



僕の考えをお話します。

少し幼稚な考えかもしれませんが死については誰にも正しい答えなどわからないわけです。



まず僕の思う死後の世界は、

魂だけの存在になると思っています。

それはラジオの電波や携帯の電波、

空気や磁石の磁気のように目には見えないけれど確かに存在する種類のものになって

この日常空間に溶け込む。そんな感覚です。



その魂は生前生きていた頃の基本的な気質だけを受け継ぐ。

それはなんとなくぼんやりとした意識だけの自分ってところでしょうか。

もちろん脳はもうないので思考能力はないと思いますけど。



そしてその魂だけになった存在は

既に亡くなられた親しい人達との再会ができる、

そう考えています。



だから僕は死んだ後に、

尊敬するおじいちゃん。

優しかったおばあちゃん。

溺愛した愛猫。

そしてお世話になった方達。

その方たちと自分がまた出会えることを信じているのです。



時間が経てばおそらく僕よりも先に両親がその空間に向かうことでしょう。

だから僕はまたそこで両親を探して再会するつもりですし、

猫も含めた家族とまた一緒になるつもりです。

近辺には友達を加えてもいいですし

近所の床屋のおじさんや蕎麦屋のおばさんも加えてもいい!

魂だけの不思議な存在ですけども。



だって身近な人の死はとても悲しくてつらくて、

もう戻らないんだというどうしようもない喪失感で心に重くのしかかるものです。

だからこそ僕は死後の再会を信じるのです。

いつかまた出会えること楽しみにしているのです。



だから人の死というのは再会するまでのほんのちょっとだけのお別れなんだ。

自分の人生を歩んだ先にまた会えるんだ。

そう考えることにより今の人生を頑張れる、そう思うのです。



ちょっとズレた例えになるけど

食後の後のデザートのような感覚。

長いゲームをした後のエンディングのような感覚。



さっきも言いましたけど死後の世界は誰にとってもわからないのでそれが幼稚な考えだとしても

こう考えておくのはそこまで悪くないことじゃないと思います。

いわば、僕なりの人生を過ごす救済措置なのかもしれない。

心の不安を乗りこえる現実逃避なのかもしれない。



ただ死が訪れるまでの人生って長くて大変なものだから

こういう考えをもっているとすごく辛いことがあった時などに

「もうこの世の未練を断ち切ってその人達に会いにいく」なんて言って

自らの命を絶ったりしちゃうかもしれないので気をつけなきゃなと思います笑




ハワワー。

ながーくダラダラと妄想を語っちゃいましたね

暇だとこんなことばっか考えて、困りものですね。

まったく。困りものの中本君です。まったく。