たまには昔話しでも
このままだと自分でも忘れそうなので(笑)




最初の愛車が33GT-Rでした
インタークーラー以外フルノーマルの車両でしたがそのインタークーラーが今となっては廃盤な超大型のトラスト製で普通の使われ方をしてきてなかったのは見え見えでした
※インタークーラーはそのまま次のオーナーにも引き継がれています(笑)

納車して1カ月くらいの写真

初代RBエンジン ブーストアップ



サーキットは2009年に某有名な?ホサカチューニングファクトリーの走行会でデビューしました
コースは最初で最後の本庄サーキットです

当時の写真 ベストは46秒くらい?

自分のRB歴で初となる手組みエンジンが完成して直ぐにサーキットを走りました
エンジンは0.5mmオーバーの2.6LにGT2530で500馬力程度の仕様でRE-11ラジアルの組み合わせです
この初めてのサーキット走行がかなり楽しかったので直ぐに富士ライセンスを取ることになります
泥沼の始まりです...(笑)





2010年
念願のFISCOライセンスを取得します
最初の目標はラジアルで本コース2分切りで何処から来た自信かわかりませんが最終目標を1分49秒台に設定します(笑)
確か初走行は2分20秒とか?で2~3回目の走行で2分01秒くらいは出てたと思います
とりあえず2分切りを達成した所で上を目指すためにモアパアーの方向に走り始めます






2011年
モアパアーのメニューとして特注極太サクションやエアフロ・燃料系強化により600馬力オーバーに仕様変更します

エアフロ密売現場 (小声:34はあのサイド管仕様)

2.5代目エンジン gt2530 600ps仕様

RB26とGT2530の組み合わせは定番ですが定番なだけあってかなり乗りやすい特性となりサーキットを走るのが更に楽しくなったのを覚えています
月のガソリン代は5万とかになっていました(笑)


震災があるまでは某高速コースにも行っていて最後の方はアンダーパネルを付けて走っていました
かなりのペースでmax回転の領域を酷使してましたが何のトラブルも出なかったのでRB26のタフさに驚きました
このステージでは当たり前の事でしたがそれも出来ないようなお店も多いので...やはりチューナーの腕も良かったと思ってます


また車に対しての考え方が変わるキッカケも多くありました
AMGに捲られたりポルシェターボのオーラに圧倒されたり80スープラの反則的な速度域に唖然としたり(笑)
ここに通ったお陰で右足リミッターが取れました






2012年
某コースが走れなくなったのを境に完全にサーキットへと転向します
ホイールはTE37となりタイヤもお店に転がっていた中古のA048をタダで貰い(笑)直ぐに56秒くらいまでタイムが伸びました


お客さんで行った最後の富士本コース
この後色々とあり次のお店へと移ります

この頃FSSTは一番盛り上がっていて大排気量クラスは第2世代GT-Rによるバトルが繰り広げられていました





2013年
沼津のアウトトラッシュでお世話になり始めます
以前の八王子からするととんでもなく遠いですが多分一番通ってたと思います(笑)


車はボロが目立ってきていたので乗り換えようかとも悩みましたが目標達成の為に一から車を作り直す決断をします

TE37は本番用に2セット体制に増やし

イケヤアーム総取り替えで理想アライメントに

貫通ロールバーやストラット補強等かなりの部分に再度手を加えました

サーキットは1秒縮めるのに100万掛かると言われています
その理論だと大幅タイムアップしないといけない年でしたが...定説通りかなりタイムアップしました←お金掛けてるから当たり前ですが(笑)
シェイクダウンで55秒台に入れその後直ぐに53秒台までタイムを伸ばしました
要因は車の完成度もありますが特にアテーサコントローラの存在が大きかったです

自身初のトロフィー獲得は13年のHKSハイパーチャレンジ
そして今までの人生で唯一自分で車をぶつけたのもこのハイパーチャレンジです(笑)
スポンジに触れた程度だったのでテールライト破損くらいで済みました

この年はかなり乗れていて車のフィーリングも良くGT2530仕様で51秒台まで狙える!という手応えを感じていましたがここで痛恨のタービンブローを経験します(エンジン生きてて本当に良かった)
やり直したタイミングでタービンは色気を出してOH+αのハイフロー化にしていたのですがそれがアダとなった感じでした
パーツ選定で一つ気を付けるポイントがあるとしたら「タービン廻りだけはメーカーの新品・OHに限る」です
参考までにこのハイフロータービンは離島から戻ってきて1000km程度でブローしました
※離島がミソです(笑)

この時期はお山遊びも盛んでした
主に箱○方面でロードスター(マジで鬼速)にチギられたり35や458に虐められたりとここでも色々な経験が出来ました





2014年
タービンブローを機に当時新型のGTX4088Rへと仕様変更します
初期ロッド6機のウチの1機でRB26ではこの車が(多分)最初に搭載しました
内部もメンテナンスがてらOHしタービンサイズにしては下からブーストが掛かるような組み合わせとなりました

3代目エンジン GTX4088R 700ps

シェイクダウンで51秒3をマークしかなり手応えを感じましたがエンジンが組上がったのはもうシーズン終わりだったので次シーズンまで更新はお預けとなります
GT2530仕様に合わせ5速ギアのみレシオを手前に寄せた後だったので対策が急務となりました


ちょうどこの作業をしている時にやることがなかったので衝動買いしたNBロードスターで遊んでいました
以前ぶっちぎられたのでどれだけ速いのか興味が出たとも言います(笑)
ただ買ったのは1.6でターボ付きの軽より遅いんじゃないか?と思うくらい亀な車でしたが正直ロードスターに乗ったことで以降車の価値観が変化するくらいの経験となったのは自分でもビックリしています
流石生産台数トップの車で良い車でした


箱根方面の某コースでちょくちょく遊んでたのもこの時期です






2015年
FSST最終戦で50秒9を記録し自身初の公式戦表彰台を獲得♪
その時の1位は33R時代にターゲットとしていたAGYの33R(この時に49秒台投入)で最初で最後?の33Rワンツーのリザルトとなりました
嬉しくてトロフィー持って社長に自慢しに行ったのは今でも覚えてます(笑)


ただ課題もあって4.1ファイナルだとエンジンが吹けきってしまい(計測ポイントくらいからアクセル戻さざるを得ない)かつ5速8500回転以上を常用という過酷な状況でした
ここでたまたま超希少な3.9ファイナルが見つかったので仕様変更します
ミッションは5速ギア0.820と3.9ファイナルという富士では黄金比の組み合わせとなりました
この組み合わせがRBではベストだと確信しています






2016年前半
ギア比の変更が目論み通りバッチリ決まり50秒6までタイムを伸ばします
この年はサーキットの為に有給を大量投入し自身初の新品タイヤも買って真面目に50秒切りを狙っていました


しかし現地に着いたら雨だったり1周目でタイヤがパンクしたりとなかなか運に恵まれず...そして一番タイムの出る2月に入ったとある日に痛恨のエンジンオーバーヒートでそのまま入庫となります
色々と要因はあったと思いますがRBの純正クランクで8500回転以上回していたツケが出たように思いました


結果は軽症で済みNBロードスターと引き換えに息を吹き返します
しかし既にベストタイミングは終わっていてタイム更新はならずにシーズン終了...

1分50秒672
これがRBでの私のベストタイムとなりました

そして突然の閉店を迎えます...





2016年後半
色々とありながらもなんとかモチベーションを保ち走ることにします 
目標は今の仕様で49秒台!とスタートしますが機械という物はとても残酷でシーズンインと同時に痛恨のミッションブロー


新品にwpcを施し5速に0.820を組み込みファイナル3.9というギア比率のトランスミッション
この渾身のギアは700馬力オーバーの世界では持たないという事実に完全に打ちのめされました...
使用は1500kmになるかどうかくらいの低走行でした


選択肢は色々とありました

無難なのはゲトラグ6速への載せかえでしたが皆と同じ事はしたく無いのと既にゲトラグミッションは価格が高騰していたので無し
丁度タイミング良くホリンジャーの中古シーケンシャルが出てきてかなり悩みましたが車が買えてしまう値段でこれも無し
OSはそもそも実績があまり無いのでありえない

従来通り自分のレギュレーションに拘りまた5速新品を買ってwpcして5速に0.820を組み込む高額特注セットを用意するか?
また1500km程度で壊れるかもしれないミッションにウン十万も出せるのか?
答えはノーでこの日が事実上現仕様での50秒切りを諦めた瞬間でした

文字にすると簡単ですがこの選択をするのに数ヶ月掛かりました
そのくらい全力で狙っていたので反動は自分でもビックリしました

そしてサーキットを辞めて大人しくポルシェに乗るか?再度目標に向かってチャレンジするか?を考えた結果後者の選択肢を取ることになります
...ここでほぼ9年が経過です(笑)


続きは気が向いたら書くかもしれません

それでは