26年ぶりの広島の旅、二日目の8月6日の朝8時15分に爆心地で黙祷をしてきた話はご紹介してさせていただいておりましたが、少々補足させていただきましょう。
8月6日の朝は宮島口駅からJRで広島駅、そして新装なった広島電鉄の新駅から路面電車で原爆ドームを目指すわけですが…
いうまでもなく8月6日は広島市民、県民のみなさまにとっては特別な一日、原爆ドームへ行く路線電車乗り場はホームのはるか後方まで列がのびる大混雑でした。ですが次から次へと電車がやって来るのでさほど待たされることもなく電車に乗ることができました。
原爆ドーム前の停留所に到着すると、満員だった電車のほとんどのお客さんが降りていく訳ですが、降りたお客さんがドーム側へ横断歩道を渡りきる前に信号が赤になってしまい、かなりの人数のお客さんが停留所に取り残されてしまいました。アタクシもその一人でしたが…。
…という訳で、停留所内にお客さんが溢れていて後続の電車もお客さんを降ろすことができず立ち往生、おそらく8月6日の朝は毎年こんな感じなのでしょう。
その原爆ドームの前では核兵器廃絶を訴える活動家のみなさまがプラカードを掲げながら大声張り上げていて、さらにそれを取り囲むようにして広島県警の機動隊のみなさまが睨みをきかせているという騒然とした雰囲気で、毎年テレビ中継でみている厳粛な雰囲気とは程遠い光景に驚かされてしまいました。核兵器廃絶を訴えるのは理解できますが、今日は大声張り上げるのではなく、別の訴え方を選択されてもよろしいのでは…と思ってしまいます。
当初は平和記念式典の会場で8時15分を迎えることも考えましたが、より爆心地に近く、原爆ドームの目の前にあり、また原爆を投下した爆撃機エノラゲイが攻撃目標としていたとされる相生橋の上で迎えることとしました。
その相生橋の上からの光景、実際の爆心地は原爆ドームのさらに後方のあたりだったようです。そこからスカイツリーほぼ一本分の高さで原爆が炸裂、100万度の太陽が出現、灼熱と爆風でこの写真に写っている範囲のものは一瞬で吹き飛ばされたと思われます。
相生橋の上には7時50分ごろに到着、すでに真夏の日差しが照り付けていて、奥さんの日傘に一緒に入って凌いでおりましたが、8時15分が近づくにつれて次第に人垣が増えてきまして後ろに並ばれた方から傘を閉じてくれと言われたので速やかに傘は閉じました。
8時15分、平和の鐘の音がどこからともなく聞こえてきまして、あの騒々しかったメガホンの声もやみ、あたり一帯が急に静かになりました。いつもと変わらない夏の日の朝が一瞬にして阿鼻叫喚の地獄と化した80年前のこの一瞬に思いを馳せ静かに祈るばかりです。
その平和公園の入口近くに設けられていた記念式典会場のゲート。ここで持ち物検査があり、リストバンドをつけられます。
記念式典会場は一般のヒトは近づけないのかと思ってましたがそんなことはないんですねえ…。
公園の中を歩いていくととあるテントが目に止まり、よくよく拝見すると夕方の灯篭流しで流す灯篭の制作を募っているとのこと、この場で好きな色の灯篭の紙に願いを書き込んで、実際に自分で流すのもよし、この場でスタッフの方にお願いするもよし…とのこと、せっかくなので願いを書き込んで流してもらうことにしました。
月並みですがこんな感じで…
好きな色を選べと言われればカープファンなら赤🟥一択です😄。反対側には家族全員の名前と住所を入れておきました。
このサービスは灯篭流しが始まる直前までやっているそうですが、午後は大混雑となるので朝のうちがオススメとのこと、8月6日の広島に来た甲斐がありました。
灯篭の願い書きを終えた頃から何やら聞き覚えのある声、石破総理の挨拶が聞こえてきました。後で知りましたがその直前に席上でまさかの居眠り疑惑も、こう言っては何ですが、ここ何代かの総理大臣はどの方も平和式典には事務的儀礼的に来ているだけで広島市長さんや県知事さんの話と比べると全く説得力がなければ気持ちも伝わってこない…と思うのはアタクシだけでしょうか。
こちらは有名な原爆の子の像。ホントはこの下で中学生と思しき学生の皆様が取材を受けておられましたが、写真はスマホの消しゴムマジック機能で消してあります。
確か昔はこの像の中に大量の千羽鶴がぶら下がっていたような気がしますが、千羽鶴も納めきれなくなって今では後ろのガラス張りの展示ケースの中に収納されているんですね。平和の思いが込められた色とりどりの千羽鶴、とりわけ被災地の能登から送られてきていた千羽鶴には思わず目に汗をかきそうになってしまいましたよ。
平和の灯火が見えました。
会場では冷水とおしぼりの無料サービスも。来場者の熱中症対策もホント大変だと思います。
冷水コーナーの傍ではこんな企画も紹介されてました。ご興味ある方は是非どうぞ。
元安橋から見た原爆ドームと相生橋。この橋を渡って川沿いに再びドームの方へ歩きます。
川の岸壁にはこんな横断幕も。この日は妙な騒ぎ立てをする人もなく、式典は厳かに滞りなく終わったようです。
相生橋と元安橋の間の両岸を川を挟んで往復、原爆ドームの前に戻ってきた頃には機動隊のみなさまも撤収し始めてました。このあたりからはここで一旦離脱、夕方の灯篭流しの時間に合わせてもう一度来るつもりで再び広電に乗って駅へ戻り、次の目的地を目指します。
今日もお付き合いいただきありがとうございました。














