こんにちは😊
先日は成田に飛来した
ルフトハンザA380特別塗装機
に関連して
ルフトハンザ航空100周年の
記事を書きました✈️🇩🇪
きょうはわたしのルフトハンザ航空史を😁
まずは月刊エアライン。
同誌については1981年からわたしのバイブルでしたが
こちらは創刊第6号(1981.4)の裏表紙。
1980年代前半、中学生にとってのヨーロッパ。
限りなく果てしなく遠い所。
そんなところまで
飛びたい日にいつでも飛べるルフトハンザ🇩🇪
これがわたしの第一印象〜
今から45年前の話です。
ルフトハンザ航空100年の歴史のうち、
45年は一緒に過ごしているなーんて🤭
この時代は
北まわり(アンカレッジ経由)
シベリアまわり(モスクワ経由)
南回り(香港、バンコク、カラチ、アテネ経由)
のいずれかが1日1便飛んでいたわけですね。
高校生になり、年に1、2度でしたが
飛行機を撮りに成田へ行くようになりました✈️
(多摩地区から電車で遥々)
その頃はまだ南回りも飛んでいて
こんな写真が出てきました〜
DC10でも長距離仕様の30シリーズ。
80年代後半は北まわり。シベリアまわりは747、
南回りがDC10だったような、、、
こちらは1988年。
バリバリのクラシックジャンボ。
Boeing747-230B(D-ABYN)
この時代、まだ機体下部がベア・メタル✨✨✨
このレジ(機体番号)をみて、あれって思った方はさすがです👍
今年3月、羽田にLHのB747-8の特別塗装機が飛来しましたがなんと同じレジなんですっ😮
このB747-230Bはこの写真を撮った2年後からAZへ移り2003年まで飛んでいたようです。
一方の B747-8は2014年にLHにデリバリーされています。
次の思い出は社会人になってから。
1991年にいよいよ初搭乗の機会が✈️✨✨✨
お仕事でしたし、今みたいにスマホでバチバチ写真も撮れない時代だったので、記録はなく、残っているのはそのときの機内誌📖
この頃はすでに成田フランクフルトはノンストップ化されてましたが、路線図にはまだ北極中心の地図もありました🌎
この時、南回りはなんと名古屋発で残されたんですね〜
名古屋、香港、フランクフルトというルートでした〜
まだ名古屋は小牧時代〜
LHの-400が降りていたなんで、今となっては信じられないかんじですよね〜
そして1995年3月20日。
日本でサリン事件があった日。
わたしはフランクフルトから成田行きに乗ろうとしていたのですが、空港に着いたら、日本が大変なことになっていると聞くことに😮💦
そしてサリン事件とは全然関係ないのですが、同じ便に、当時人気のあったガールズバンドのボーカルの方が乗っていらっしゃいました💺🎤✨✨✨
そしてわたしは東京に着いて、1日休んでからまたヨーロッパ(次はロンドン)に飛ぶという、今では考えられない過酷な日々を過ごしていました〜💦
今となってはとても印象深い思い出なんですが、
全く関係ない3つの事柄(サリン事件、人気ガールバンド、ハードワーク)がわたしの中ではひと塊りの思い出でして😅
さて、、、もう少しルフトハンザのこと、、、つぎはタイムテーブルについて書いてみようと思います🙇♂️
ではまた次回〜🙇♀️🙇♂️🙇♂️









