KLB嵐山・みけねこのブログ

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埼玉県嵐山町在住のみけねこブログです。鉄道や旅行、関東近辺の情報を主に記載しています。

平成元年頃、当時インターネットは無かったのでパソコン通信をやっていました。

パソコンはエプソンのPC286LEを使用、2400b/sのモデムを電話回線に繋いでやっていたのです。

 

これはオムロン社のMD24FS4モデム。パソコンとの接続はRS232C規格です。

プロバイダは日本電気のPV-VANを使いました。最初の頃はアクセスポイントが市内に無くて市外だったので電話通信料金を気にしながらの接続でした。接続開始時にはピーギャーという2400b/sの音が聞こえるのが印象深いものでした。当然その速度ですから画像などは送受信出来ず、文字のみの通信でした。現在の無線高速通信の時代から見ると今昔の感があります。

 

 

モデムと繋いでいたPC286LE。液晶画面はモノクロです。OSはMS-DOSで、記憶装置はフロッピーディスク。

 

このパソコンは折り畳み式のラップトップ型と呼ばれていました。。

 

実はさかのぼる昭和60年代からはアマチュア無線のパケット通信での1200b/sの無線通信をやっていましたが、それは通信料金はかかりませんが、何しろ通信速度が遅いのが玉にキズで。。無線と有線を232Cケーブルを切り替えてやっていました。

 

 

昨日、栗畑でフキノトウを収穫。これは栽培しているわけでは無いので野生のものです。

昨年より少し早い収穫になりました。(昨年は3月初めだった)

 

今月も迷惑メールが来ました。皆さんもご注意!

 

・アマゾンスパム

 

・LINEスパム

 

今年の椿の花(昨日)

 

 

これは10年前に書いたみけねこブログの記事をコピーしたものです。
 
昔、「ジュークボックス」というレコード有料自動演奏器がありました。価格はクルマと同じ¥100万くらいしましたが、業務用ですから結構利益が取れたようです。
内部にはEPレコードが50~100枚程セットされ、コインを入れて希望曲を選曲すれば結構迫力のあるステレオで流行曲が聴けたものです。当時はまだステレオなどはそれほど普及していない時代でもあり、バー・喫茶店やドライブインなどで結構利用されていたのです。イルミネーションもきれいでした。演奏料金は1曲30円くらいだったでしょう。
自分はこの機械を10年ほど担当していました。機械の内部構造はコインや選曲の記憶装置なども機械的な部分が多く、メカの動きを見ているだけでもおもしろかったです。ちなみに、コインの選別は大きさだけで選別して記憶は歯車の歯の移動数で記憶させていました。多少トラブルがあってもほとんどが管理者のいる室内で使用されていたので対応できたのです。
その後、音楽メディアもレコードからCDやダウンロードに変わり、ジュークボックスが淘汰された現在ではカラオケや通信の時代へと移行しているのです。
 
 
 
ちなみに上記モデルは当時の歌手、水沢夕子。歌手の久保浩(霧の中の少女がヒット)の妻。
 

先日ハードオフに行ったらレコードプレーヤー付きの電蓄を¥1100(ジャンク価格)で売っていたので衝動買いをしました。スピーカーは付属して無かったので、持ち合わせのものを付けてみました。

音はちゃんと出ました。このセットはUSBとSDも使えるので便利ですし、レコードやCDの曲を聴きながらUSBメモリーやSDカードにMP3で記録(録音)できるのです。

 

 

リモコンと取扱説明書も付いていました。

FM放送は90Mhz台のワイドバンドでTBS・文化・ニッポン放送も受信できました。

 

レコードやCDをMP3ファイルに変換するのに簡単でいいです。残念ながらラジオは録音できませんでした。

 

東武東上線の踏切を渡って進みます。

現在地

 

左下は河川敷なのか、民有地なのか?

橋の手前には低い堤防が見えます。東上線と旧国道407号に挟まれたところです。奥に見える橋は東松山橋です。

 

ここで県道から下に下ります。

 

東上線の上り電車(東急の車両です)が通過していきました。

 

旧国道をくぐります。

 

サッカーグランド脇を進みます。

 

2面あるグランドは1.5mほど嵩上げして造られています。

 

その先には石橋と供養塔があります。かつてここを八王子からの日光街道が通っていたのです。

 

街道もこの石橋がかろうじて面影を残しています。

 

水門があります。

 

水門から堤防が始まります。

 

堤防もすぐ先からは草が深くて通りにくいので下の遊歩道を行きます。

堤防のすぐ脇は新興住宅です。ここに3Kmポストがあります。

 

川風の散歩道、と書いてあります。

 

 

河川敷側にはパターゴルフ場があります。

 

遊歩道脇には玉印の埼玉県の杭があります。

 

ここから堤防には登らないようにと書いてあります。法面の草を痛めないように。。

 

その先では堤防に上がれました。

 

国道407号線バイパスの新東松山橋です。

 

全長246m、2007年に西側2車線が完成し、2015年には4車線になりました。

 

今日の歩行はここまで。200mほど南にあるピオニウオークのバス停から川越観光の路線バスで帰途につきます。この大型モールも台風19号の大水被害を受けたが、昨年末から徐々に営業が開始されています。

 

東武東上線の高坂駅に着きました。

 

エコタウンと書かれたところにはスマホの無料充電器があるが、使う人がいるのでしょうか。。

 

その5に続きます。

 

 

東松山市唐子橋からさらに下流を目指します。

 

県道41号線と344号線の重複する唐子橋です。すぐ左が関越高速です。

現在地

 

この唐子橋の下流には藪で見えないが矢来堰があるのですね。

 

これは旧児玉往還の道のようです。(児玉往還はこの付近ではほぼ県道344号線に沿っている)

 

往還と堤防はここで別れます。左が都幾川堤防です。

 

堤防上は狭い50cm程度の幅で舗装されています。

 

草原の河川敷です。

 

右は田んぼです。

 

都幾川右岸4.6Km地点を通過します。

 

 

これは本流では無いが、ごく最近までの旧本流です。現在の本流は流れが変わってこの左の向こうを流れています。

 

上流方向です。

 

まもなく前方が。。

 

藪になっています。

 

藪には入れないので河川敷側に下りてみると石垣の堤防になっています。法面の太い木の状態から見て結構前に造られた石垣堤防のようです。

 

石垣を登って行くとまたすぐに。。

 

藪です。進めません。

 

仕方が無いので少し戻ってこの山道から外に出ます。

 

田んぼの中に出ました。

 

北西方向を振り向くと雪の浅間山。

 

あぜ道を東に向かうと川側に見えるのは堤防か?

 

冠水後のあぜ道は乾いた土道になっています。

 

藪の向こうに本流らしい河原が見えます。

 

脇に河川事務所による不法投棄の張り紙。と言うことはここは河川敷なのです。このような粗大ごみの不法投棄も困ったものですね。

 

確かにコンクリートの境界杭らしきもあります。

 

東武東上線の鉄橋が見えて来ました。

 

小さな橋があります。この下は蛇行した旧都幾川の流路なのです。

 

水はちょろちょろ程度の流れ。

 

東上線の鉄橋のそばまで来ました。

 

鉄橋をくぐって行ってもいいのだが、南に迂回すると広い旧都幾川が見えます。今は釣り場のようになっています。都幾川の改良前は結構この辺は流れが蛇行していたようです。

 

旧都幾川を右に見ながら進むと、この突き当りが高坂台地で県道344号線に突き当たります。

 

県道に出て東武東上線の踏切を渡ります。

 

その4に続きます。

 

 

ここは都幾川の川べりを歩けないので県道41号線(東松山-越生線)を行きます。

 

現在地

 

県道から田んぼの奥の河川敷側方向を見ても堤防らしきは見えません。

 

県道はこの先の森の脇から前方が少し上り坂になっています。この道路が堤防になるのです。

 

坂の途中に稲荷橋南バス停があります。このバスは高坂駅-鳩山-越生駅を結ぶ鳩山町の路線バスで川越観光バスに委託しているようです。

 

これは水害直後の反対側のバス停写真です。バス停標識にゴミが引っかかっているのでここまで水が来たのです。

 

バス停の先が冠水橋である稲荷橋入口です。

 

右を見ると壊れた農道の修復中です。

 

稲荷橋を見てみます。狭いので通行制限があります。

 

稲荷橋です。

 

これは台風後の10月19日(1週間後)の写真です。

 

さらに都幾川右岸堤防上になった県道を進みます。

 

都幾川のここまでが埼玉県の管理で、ここから下流は国土交通省の管理になるようです。

 

ここで県道は堤防から右に下り、堤防は左に分かれます。

 

民家の裏を通って。。

 

手前の高い1軒を除いて水に浸かった住宅でしょう。

 

100mほど先で。。

 

堤防が終わります。この先には藪で進めません。

 

県道に戻って平地を進みます。

 

県道わきの6.2Kmポストです。と言うことは県道が河川との境界なのでしょう。

 

右の高台に東松山物流団地が見えます。かつて日本セメントが石灰岩を採っていた場所です。今は化石の体験館も出来ています。

歩道右の柵が倒れたままになっています。大きなところの修復を進めているので歩道などの修復は4か月経っても後回しなのでしょう。

 

また県道が上り坂になり、右に堤防復旧跡があります。平地の県道を越えて水が行ったのです。

 

暫定修復された堤防です。

 

その先はまた県道が堤防上になります。

 

しかし、すぐに堤防は左に分岐し、県道は下がって行きます。葛袋地区のこの辺りも水に浸ったところなのでしょう。

 

5.8Kmポストです。

 

関越高速道の橋が見えて来ました。

 

本流が堤防の近くに寄って来ました。

 

堤防下にオリエンテーリングの古そうな錆びたポストが。。コース変更により使われていないものでしょう。(現在のオリエンテーリング高坂コースにも記載が無いです)

 

高速橋の脇に水位計があります。

 

野本水位観測所です。

 

ここは冠水した後に整地したのでしょうか。きれいになっています。

 

関越道と県道の下をくぐって唐子橋の向こうに出ます。

 

その3に続きます。

 

都幾川の左岸は先日歩いたので、今回は右岸を歩きます。

 

現在地

東松山市の循環バスの「くらかけ清流の郷東バス停」から鞍掛に向かって歩いていきます。右に堤防が見えています。

 

ここが東松山市都幾川右岸の堤防末端です。高さが50cmも無いような陸閘があります。この背後は鞍掛山のため堤防はありません。(陸閘とは大水の時に道路を閉める門です)・・昨年の大水ではその上を越えてしまい効き目がなかったでしょう。

 

陸閘の脇に何かの碑があるが、文字が読めません。”道路橋***”とか書いてあるのでこの先の冠水橋の完成記念碑でしょうか。。

 

ここからときがわ下流に向けて堤防歩きの開始です。右に水槽があるがキャンプ場用でしょうか。

 

右の車道が歩いてきたバス停へからの道です。

 

河川敷側は藪になっていて都幾川本流の流れは見えません。

 

 

堤防の高さは3mくらいです。

 

右側には田んぼが広がります。その向こうは神戸(ごうど)集落です。

 

新しい標柱がいくつも打ってあります。被害の後の堤防の改良工事が始まるのか?

 

 

右に5~6軒の集落を見て過ぎた先が昨年の台風19号の大水で堤防が決壊したところです。

 

応急処置をした堤防です。

 

その場所の河川敷側です。

 

堤防の外側の田圃は土砂に埋まったようだが、修復されている。

 

さらに進みます。

 

市道を横切ります。

 

神戸大橋です。水管橋が並行しています。

 

さらに右岸堤防を進みます。

 

田んぼの向こうは比企丘陵とその奥は外秩父の山々です。中ほどに見える山の上の塔は東松山市クリーンセンターの煙突です。

この田圃も水害では相当な水を被ったと思われるが、今は何事も無かったような状態で耕されている。

 

ここも越水があった跡のようです。水が堤防を越えると外側が滝のようになって堤防がえぐられるのです。

 

堤防上には泥が堆積しています。

 

その先は舗装が無くなり、堤防も低くなって農道のような草道です。

 

馬頭観世音が立つ先で堤防が無くなります。

 

堤防と地表の差は1mくらいです。

 

この先は農地と河川敷の境界がわからなくなります。用水路が境界なのかも。。

 

用水路には橋が無く、回り道してあぜ道を行きます。

 

あぜ道から県道41号線に出ました。

 

その2に続きます。

 

数年前から気になっていた東松山市道の未成道路を見て来ました。以前からこの道(東松山市民病院前から西に向かう新しい市道が途中で途切れている)がどこに抜けるのかと思っていました。

 

ここは現在の最西部のT字路です。左角にはセブンイレブン市ノ川店があります。

写真中央から奥に向かうのが工事中の未成道です。ここから西に向かって見て行きます。

現在地

 

車道の最上面の舗装はまだされていません。両側歩道は舗装が完成しています。

 

この辺りからは車道舗装も完成して、白線を待つのみです。

 

西側末端の工事個所が見えて来ました。

 

 

末端の県道47号線との合流部は工事中でした。(2月13日現在)

この市道と県道47号線が真っすぐに繋がり、今まで直線だった県道は市内方向に曲がる構造になるようです。

 

そのすぐ先が既存十字路(左に行くと市民体育館や東松山インター方面に行く市道)です。

 

県道47号線との接続工事説明図。(上が南です)

 

 

これは交差点の変更により行き止まりになる現県道部分です。

 

この新道、3月には供用開始されると思うが、この道を通ればみけねこ行きつけの東松山市民病院に行くには便利になる。

 

年が明けて初めて我が休耕田へ行って見ました。

 

農道は春になったら草刈りをします。

ここは我が休耕田への農道で、左右とも休耕地です。他には誰も歩く人はいないので足跡もありません。

 

用水路が落ち葉で埋まっていたので溝さらいをします。

 

溝さらい後。

 

昨年、イノシシの通り道と思われるところを通せんぼしたら、その後、通っていないようで、田んぼも荒らされていませんでした。昨年見回りに来た時は地面が穴だらけだったのです。

 

栗畑にはフキノトウが芽を出していました。。。春も近いです。

そういえばスーパーの店頭では見ているが、それはハウスものでしょう。。