会津線の撮影に行ったのもSL廃止の直前の昭和49年でした。もうこの頃は中央線のSLも無くなり、関東からは一番近いSL線でした。
これは旧桑原駅の発車シーン4枚です。
この桑原駅は大川ダム建設に伴い、廃駅になっており現在はダム湖に沈んでいます。今は会津鉄道になったが、駅と線路は右上の斜面の上方に集落ごとに移転して芦ノ牧温泉南駅になっています。
この駅ではいつも水を補給してから出発していました。
桑原駅のすぐ先で阿賀川を渡ります。(ここも現在はダムの底です)
さあ、今日の堤防歩き最後の国道463号の羽根倉橋を目指します。
治水橋を見返ります。橋の中央が高くなっているんですね。大きな船でも通れるようになっているのでしょうか。。いや、でも本流が流れているのは写真で3つ目と4つ目の橋脚の間です。
ゴルフ場のクラブハウスは堤防の外にあります。
さらに南下します。
この辺りは田園地帯の向こうに住宅があります。
河川敷側は相変わらずゴルフコースが続いています。
写真中央にスカイツリーが薄く見えるのだが、写真では見えにくいです。
これは何でしょうか。。多分、水道の施設かと思うのですが。
ここの堤防下にもゴルフ場のクラブハウス。この堤防を乗り越えてコースを行き来しているんです。
これは旧荒川からの南畑排水機場です。荒川が増水した時は水門を閉めて、強制的に排水するのです。
河川敷は運動場施設も大きな被害になっています。野球グランドのバックネットの最上部まで水が来たようです。
堤防脇には住宅が密集して来ました。
前方には堤防を横切る国道463号線が見えて来ました。
不思議なのはこんなに堤防よりも低い位置を国道が走っているのです。
国道に出る手前の堤防は草(ひっつき草)が茂って入れません。
そう、この堤防よりも低い国道を横断します。
横提を行く国道は河川敷の中ほどまで行って高くなり、羽倉橋に上るのです。
さすがに国道は混雑しています。
下流側から見た羽根倉橋です。
今日はここまで。。
国道の少し南にある宗岡蓮田バス停から志木駅行きの国際興業バスを待ちます。
この先はまた後日歩く予定です。
荒川右岸、上江橋から治水橋に向います。
国道16号線の上江橋を渡って、内回り側の橋の袂から右岸堤防に入ります。
すぐ左側に横提が伸びていますが、これは旧上江橋への取り付け道でしょう。
まもなく未舗装の堤防の天端の道になります。そう、ここからはサイクリングロードは左岸に行っているので砂利道になるのです。右にライブカメラがあります。
左側を見るとここが荒川と入間川の合流点です。
JR川越線の鉄橋が見えて来ました。
堤防上が踏切になっており、車道と共用になります。
踏切は普通車がやっと通れる狭い幅です。クルマが来たら歩行者も待ちます。
川越行きが通過していきました。
すぐ先で車道と歩道は別れます。この先、堤防が少し高くなります。実高は6m、海抜は15mくらいでしょう。
こちらのゴルフ場は木が倒れているところもあるが営業しています。
堤防の右側に森が見えるが、かつてそのあたりから右へ旧荒川が蛇行して流れていたのです。旧流路は沼や公園になっています。旧の流路が行政の境界のままなので、こに付近からはさいたま市西区に入ります。
先ほどの踏切からの車道はずっと堤防の下を行っており、結構利用する車は多く、裏道なのでしょう。
対岸のさいたま新都心のビル群が見えます。
まもなく治水橋です。
治水橋は県道56号線に架かる全長は833mあります。
堤防のすぐ西側に西武バスのバス停が有る。
その11に続きます。
先月、荒川右岸を入間大橋まで下ってきました。・・前回の記事
今回はそこからさらに南下します。
川越駅から乗った上尾駅行きの路線バス(東武バスウエスト)を入間大橋バス停で下車します。ただいまの時刻は10:20です。
バス停そばにある信号交差点は入間川と荒川の中堤防の上にあります。横切るのは県道51号線で、入間大橋と開平橋に繋がる横提との接続点にあるのです。ここは川越市中老袋です。
写真は西方に入間川に架かる入間大橋です。
南側に見える河川敷のオフロードレース場はまだこんな状態で整備中のようです。
中堤防(荒川右岸・入間川左岸)を行きます。堤防歩きは見晴らしがいいので快適なウオーキングです。
入間川の入間大橋です。先日の台風19号ではすぐ下のゴミのところまで水が来たようです。
西には見慣れた山並みが良く見えます。
一番左が武甲山で、一番右が笠山でしょう。
左岸側を見ると荒川本流は見えないが、見える煙突は左岸脇にある2つのゴミ処理施設です。左が上尾市で、右がさいたま市のもの。
入間川側の運動場でしょうか、まだ水が残っています。
河川敷ゴルフコースは結構な被害を受けているようです。
コースの整備中です。その向こうに入間川の本流が流れています。
河口まで46Kmの地点です。この辺りは堤防の両側の河川敷がゴルフコースになっています。
グリーンは綺麗だが、バンカーが壊れています。
上江橋が近づいて来ました。
上江橋です。
丁度中央に小さく旧上江橋の橋脚が見えます。記念に1個だけ残されているようです。
上江橋をくぐってから180度Uターンして橋に上がります。右岸堤防へは川越市側に行きますが、サイクリング道路は左岸のさいたま市側に行きます。
荒川の右岸堤防(中堤防)はここで一旦終わるのです。
上江橋の歩道を川越側に向かいます。
入間川です。見えるボートはゴルフ場の渡し船です。
入間大橋を渡ったら左の堤防に入ります。
その10に続きます。。
3年前に「想い出の鉄道風景」のテーマにも載せましたが、SL撮影ではこの中央西線が一番の思い出なので再度載せて見ます。
この年、初めてのSL撮影に遠征したのが中央線でした。関東からは比較的近くいので中央西線の電化直前、冬のSLを追って行ったのです。確かこの年に「SLダイヤ情報」という雑誌が刊行されてSLの時刻(貨物も含めて)がわかりやすくなったこともあります。この年からしばらくの間SL撮りマニアになったのです。
藪原駅を通過するD51重連の貨物列車。電化に向けて架線は張られていました。
宮ノ越-藪原。
藪原-奈良井。
この日、珍しく普通客車列車をD51が牽いていました。贄川駅で急行きそ2号を先に通した後発車。
十二兼-野尻間を行くD51後補機付き貨物列車。
この後も5月の連休と夏休みに2回ほど撮影に行きました。藪原と野尻の駅前旅館で宿泊したのを覚えている。
ここで昭和時代のSL撮影の思い出です。
蒸気機関車があと1年で国鉄から廃止されると言う昭和49年の春(45年前)に福岡県の田川線に写真を撮りに行ったのです。SLは9600型でした。
・内田-油須原・・連続撮影
早朝の苅田港行きの後補機付き石灰石列車です。
左隅に切通しが見えるが、これは当時の新線建設予定地。だが開通ぜずに建設中止となり、現在は一部に観光トロッコ列車が走っているようです。(現在の赤駅付近です)
貨物列車の40分後は旅客列車がやって来ました。行橋から門司港まで直通の通勤通学列車です。
・昼間の貨物列車
今川を渡る下り貨物列車(崎山-油須原)
午後にも後補機付きの貨物。(フィルムに黄色いカビが付いてしまいました。。)
・油須原駅で
田川線は現在平成筑豊鉄道になっています。
この田川線のSLは昭和49年秋に廃止されました。
時間があるので嵐山渓谷の最上流のら甌穴に寄り道します。
槻川と大平山の間の遊歩道を行って、遠山集落入口の駐車場脇からはこの道を歩いていきます。
槻川の小川町との境界に近いところに甌穴があるのです。
駐車場のフェンスが倒れています。大水はここまで来たのです。
遠山甌穴は道路から見えます。
残念ながら甌穴は砂と岩で埋まっていました。
槻川沿いの遊歩道も腰くらいの水が来たようで路面が壊れています。
町道の嵐山町からときがわ町への谷川橋も破損で通行止めになっています。
遠山集落を後にして遠山峠へ上ってきました。ここから大平山へ登ります。
峠から見た遠山盆地の集落です。
大平山の登山道です。前を行く都内から来た同級生の友人、当時数学が得意だったが、現在は歴史が趣味だという彼は足が速いのでみけねこはいつも後ろになってしまいます。地元のみけねこは進行方向を後ろから指示するだけです。
太平山頂に着きました。標高は179mです。約100mの標高差を登ってきたのだがここは林の中のため眺望はありません。
山頂から100mほど南に行った展望台で休憩しましょう。中央に見えるのは町営運動場。すぐ下はラベンダー畑。
晴れて空気が澄んでいれば中央辺りにスカイツリーが見えるのだが。。
左の山間に建物が見えるのは東松山市葛袋の物流団地。
帰りは遠山峠へ戻り、車道を下って国道254号に出ます。時刻は午後3時、少し早いがその交差点のレストランでごお決まりの苦労さん会です。
当時彼とはクラブ活動が別だったこともあり、あまり話はしたことが無かったのだが、今となると同級生のクラスメイトなら久しぶりの話がはずみます。2時間以上の雑談飲み会後、路線バスで武蔵嵐山駅まで戻ったのです。万歩計は2万歩弱でした。
●ご注意
今回は令和元年10月31日に歩いた記録です。
ご覧のように台風19号の大雨では槻川(都幾川の支流)が大きく氾濫し、バーベキュー場や一部のハイキングコースが大きな被害になっています。嵐山渓谷はこれからの11月下旬が紅葉の見ごろですが、バーベキュー場やその駐車場、川沿いのハイキングコースや飛び石が通れなくなっています。嵐山町観光協会のホームページにはあまりその状況を書かかれていません。
でも、北側と南側からの渓谷へのコースは安全に通れますのでぜひお楽しみください。