再審無罪が確定した足利事件を巡り、警察庁と最高検が1日発表した捜査・公判の検証報告書は、菅家利和さん(63)の自白の吟味・検討が不十分で、虚偽を見抜けなかった前提として、菅家さんの「迎合しやすい性格」があると指摘。それに配慮しなかったことを問題視し、「対象者の特性に応じた取り調べの徹底」を求めた。だが、専門家は「(菅家さんに限らず)誰もがうその自白をしかねない」と強調。取り調べ全過程の録音・録画(可視化)の必要性を訴える声も上がった。【安高晋、北村和巳】

 警察庁の報告書は「捜査員が積極的に確認する形で取り調べ、期待した供述が得られるまで繰り返し質問」したことを虚偽自白を生む一因と分析した。事件に関連して栃木県警が91年12月、別の女児殺害事件について菅家さんを取り調べた際の録音テープが残る。弁護団が宇都宮地裁に提出した証拠調べ請求書に、その模様が再現されている。

 刑事「(連れ出したのは)お昼を食いに来た時なんか、(それとも)仕事が終わっちゃって夕方(なのか)、どっちなんだい」

 菅家さん「終わったころだと思います」

 刑事「それは覚えてんか、ちゃんと。連れていくんだんべ」

 菅家さん「はい」

 刑事「昼間ならまだ明るかんべ(明るいだろう)」

 菅家さん「はい」

 刑事「夜になると暗くなっちゃうべ。どうなんだい」

 菅家さん「……」

 女児は昼から行方が分からなくなっていたのに菅家さんが「夕方」と答えていたため、取調官は繰り返し確認していた。結局、菅家さんは「昼」と認めさせられていた。

 こうした「期待した供述が得られるまで繰り返し」質問するのと並行して、虚偽自白を生む一因に、警察庁の報告書は「迎合の可能性があるという特性への考慮を欠いた」、最高検の報告書は「性格によっては想像で経験したことのように供述してしまう」と、菅家さんの性格を挙げた。

 だが、浜田寿美男・奈良女子大名誉教授(法心理学)は「虚偽自白を正確に認識しているとは言えない」と指摘。「抵抗をあきらめて罪を認めてしまうと(詰問されて)つらい否認に戻りたくないので想像で供述する。誰もが同じ状況に置かれうる」とし、過去の再審無罪事件も同様の構図があると語った。

 元東京高裁判事の木谷明・法政大法科大学院教授は「足利事件の調べ方では菅家さんでなくても自白していたと思われ『性格の問題』とするのは正しくない。取り調べを可視化して密室でどういうやり取りがあったのかを正確に再現することが必要なのに、報告書では一言も触れられていない」と指摘した。

 伊藤鉄男・次長検事は会見で「検察への期待と信頼を損ね深く反省している」としつつ、「この事件で全面的に録音・録画していればうそが見抜けたとは考えられない。可視化は法務省で検討中の政策課題で、我々が言う立場ではない」と説明した。

 ある現職刑事裁判官は「自白した心理状態が分からず、供述調書からは調べの状況はうかがえないので、それだけで結論を出すのは怖い」と漏らした。

 ◇「誤判原因究明スタート地点」…主任弁護人

 主任弁護人の佐藤博史弁護士は1日、毎日新聞の取材に対し、警察庁と最高検の検証報告書について「無実の人を虚偽自白に追い詰めたことを率直に認めた」と評価。「これを誤判原因究明のスタート地点に、第三者委員会設置など包括的な検証に発展させていくべきだ」と述べた。弁護団としても同日コメントを発表し、評価する一方で「DNA鑑定や自白の証拠価値を正しく判断する方法が示されておらず問題。(再審公判で再生された)取り調べ録音テープが供述の信用性を判断するうえで有益であることも指摘していない」と懸念を示した。【吉村周平、和田武士】

 ◇解説…兆候見落とし重い責任

 最高検が発表した足利事件の検証結果は、冤罪(えんざい)を招いた責任が検察側にもあったことを明確に示した。警察の捜査をチェックする立場にあるにもかかわらず、検察官が菅家利和さんの自白が虚偽であることを示す複数の兆候を見落としていた責任は重い。

 ある検察幹部が「ターニングポイント」と指摘したのは、菅家さんが警察官の調べでは容疑を認めていながら、逮捕直後の拘置質問で認否を問う裁判官に「答えたくありません」と述べ、自白を拒んだ点だ。

 検察官は捜査段階の初期に表れたこの虚偽自白のきざしを見落とし、その後も供述を裏付ける客観証拠が皆無なのに、警察の捜査の矛盾を吟味せず、疑問を抱かないまま突き進んだ。警察の捜査に頼り切り、なれ合いがあった疑いを抱かせる。

 事件を教訓に検察は重大事件の発生直後から警察の捜査に携わる「本部係検事」を全地検に配置する。だが、この再発防止策は、以前から冤罪が繰り返されてきたにもかかわらず、多くの地検が今まで現場を「警察任せ」にしてきた実態を逆説的に示したと言える。【大場弘行】

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