2024年5月12日(日) 丹沢ボッカ駅伝
 
例年6月だったボッカ駅伝、暑さ対策でひと月早めたそうです。
昨年は、熱中症で倒れた方がいた、とか
幸い命に別状は無かった様です。
 
ボッカ駅伝のお手伝い、して来ました!と言えば聞こえがイイですが、長い付き合いの延長です 笑
 
 
 
 
 
 

今回は、政次郎尾根から塔ノ岳に向かってみました。
表尾根は久しぶりなので楽しみです。
 
 
 
 

杉の急登、
 
 
 

歩き始めて50分ぐらいかな?
枝の合い間に愛鷹?が見えました。
 
 
 

ちょっとずつ視界が開け、湘南海岸や
 

富士山も見えてきました。
 
どうでもイイ話しですけど、
朝飯にオニギリを食べていたら、オジさんと少し話をする事になり・・・
 千葉に住んでいるらしいですが、もとは大船渡の方とか。
 しかも私と一つ違い。
 塔から丹沢山・蛭に行くとの事。
 私が政次郎尾根に上がったのを見て、付いて来たと。
 次からがオモシロイ!
 「蛭まで1時間ぐらいですか?」と。
 「???、早い方で、塔から丹沢山まで1時間、そこから蛭まで1  
  時間ぐらいと思いますよ。けっこうアップダウンがあるから大変 
  と思いますよ」
 「・・・・」と反応なし
 
 なんでも去年から山歩きを始めたとかで、奥多摩の山を何個かあげ
 ていました。丹沢は初めてらしい雰囲気でした。
 
 初めての丹沢、ここから始める?みたいな感もあったり、
 他人が登ったのを見て付いて来た?最初の計画は?とか、
 スマホや地図だして確かめる様子も無く、
 スゴイ違和感を感じる人でした。
 
 私は人様に教えるほどの力量がないので、
 「懐中電灯ありますか?」「無理しないでガンバッて下さい!」と
 意味不明な事言って先に行かせました
 
 最後に「塔から花立に下り、天神尾根分岐から戸沢に戻ってこられ 
 ますよ!」 それにも反応が無いオジさんでした。
 
 私が帰る時には、千葉ナンバーの車が無かったので無事下山した、 
 と言う事かな・・・
 
 
 
 
 
 

 

視界が開けたら、
 
 

表尾根に合流でした。
 
 
 
 

 
 
 
 
 

皆さんの協力で取り壊された、新大日茶屋跡
私が初めて来た時に、ここは営業していたか記憶にありません。
当時から、ここらあたりの小屋は週末のみのだったです。
 
 
 
 

木ノ又小屋
このコース、ず~っと歩いていませんが、キレイな小屋になりましたネ
 
 
 
 

テッペンに尊仏、塔まで、ひとガンバリです
 
 
 
 

富士山も、空も、キレイ です。
 
 
 
 

右に南アも良く見えてます。
都心や横浜も良く見えてました。
 
 
 
 

少し休んで、丹沢山に向かいましたが
アノ、オジさん、見えないな・・・もう向かったかな?
 
 
 
 
 
 

丹沢山、
二回目のオニギリタイムして花立山荘に向かいました。
 
 
 
 

今日は良く富士山が見えています (^^)
この辺で、あのオジさん に合いました。
 私、「花立に戻ります」
 オジさん、「私もここで(丹沢山)で終わりにします」
でも、ここで終わりにしたら、時間余るよな?
この時点で9時半、ガンバらなくても蛭まで行けそうなのですが (-.-)
 
 
 
 
 
 

花立山荘、到着

 

 

 

 
 

今日はお天気が良く、
かき氷が良く売れている様でした 
 
私は、缶ビを
グワーっと、流し込んでひと眠りです・・・(^^)
 
 
 
 
 
久しぶりに会った、さいたま の皆さん や 他の方と
夜景を見ながら、宴会でした
 
 
 
 
朝食はシンプル?に
 
 
 
 

こちらは、ホンモのの歩荷さんです。
これでも今日は軽い方らしいです、、、
 
 
 
 

 
 

仕事前?に、さいたま の皆さんと記念の写真
 
 
 
 
 
 

全体の1位です。
 
今年からチーム数を制限したとか。
100チームも参加していた年もありましたが、50チームに制限したとか。高校の部と40㎏の部が無くなっていました。
 
私は荷降ろしを手伝っているのですが、女性の方には気をつかいます。自分で緩めていただいて、後ろでザックを持ち上げ支えて肩が抜けやすい様にしています (^^)
 
チーム数が少ないためか、ゴール付近に溜まるチーム関係者が少なくて、誘導でしやすかったです。一般の登山者の方にも良かった様に思いました。
 
今年は12時30分で打ち切り、との事でしたが
最後のランナーが来て、ゴールが無かったら、ガッカリだよ!!!
な~と、待つことになりました。
13時あたりで最後のチームが終えました。
 
皆さんの話を総合すると、
 荷物の背負い方が分かっていない!と。
 普通は背負子でもザックでも、下に発泡スチロールでも入れて
 背中の高い位置に重心が来る様にしているものですが、このチーム
 は何もせず20㎏をそのままザックに入れていた様です。
 途中休み休み、だったらしいです。
それでも、完走したした喜びをチームのみんなで喜んでいました(^^)
 
 
 
 
 
 

と、
久しぶりに、ボッカ駅伝を楽しんだ一日でした。
でも、富士山の弾丸登山ならぬ、花立山荘への弾丸往復がシンドクなって来ました。リサーチ不足で夜行バスが無くなった事も知りませんでした。もたもたしているうちに、面倒くせー!と。車になりました
 
車の運転は苦にはなりませんが、ガソリン代が、高速道路が¥190に渋沢の街で¥170にはビックリ!でした (@_@) 田舎は、いまのところ¥156~160前後なので。
 
 
小屋が新しくなったり、階段や木道が整備され植生がだいぶ回復した様子、私が初めて訪れた記憶の表尾根とは違っていました。
自然を取り戻す事は大変な事ですね、
「・・・ふるさとの山はありがたきかな」と、いつまでもそうあって欲しいものです。
 
 
 
最後まで、
読んでいただき、ありがとうございます!
 
最後の最後に、
花立山荘の大番頭とは、高校の時机並べていました。
それからの付き合いです