こんにちは。
ゼミ発表は終わったものの、来週は研究会の発表なので準備は終わりません。
だけど、今回は地元の話も出てくるから面白いかもしれません。
一日一冊、早くも中断しちゃいました。
マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』を積読から引っ張りだしてきたんですが、面白くて、でも、考えこんじゃうのでなかなか進まない……という訳で読みだしてから3日目です。
さすが、話題になっていただけあると思いました。なぜ今まで放っておいたのか。
哲学って、そんなにも身近に考えられるものだとは思っていませんでした。自分が当たり前だと思うことも視点や状況を変えるだけで、本当にそれが正しいことだったのか、分からなくなります。
有名な話ですが「暴走する路面電車」は判断はどの様な基準で行われるのか、そしてその基準は本当に正しいと言えるのか考えさせられます。
▶ 一つ目の物語。
あなたは路面電車の運転士で、時速六〇マイル(約九六キロメートル)で疾走している。前方を見ると、五人の作業員が工具を手に線路上に立っている。電車を止めようとするのだが、できない。ブレーキがきかないのだ。頭が真っ白になる。五人の作業員をはねれば、全員が死ぬとわかっているからだ(はっきりそうわかっているものとする)。
ふと右側へとそれる待避線が目に入る。そこにも作業員がいる。だが、一人だけだ。路面電車を待避線に向ければ、一人の作業員は死ぬが、五人は助けられることに気づく。
どうすべきだろうか?
▶ もう一つの物語。
さて、もう一つ別の物語を考えてみよう。今度は、あなたは運転手ではなく傍観者で、線路を見降ろす橋の上に立っている(今回は待避線はない)。線路上を路面電車が走ってくる。前方には作業員が五人いる。ここでも、ブレーキはきかない。路面電車はまさに五人をはねる寸前だ。大惨事を防ぐ手立ては見つからない──そのとき、隣にとても太った男がいるのに気がつく。あなたはその男を橋から突き落とし、疾走してくる路面電車の行く手を阻むことができる。その男は死ぬだろう。だが、五人の作業員は助かる(あなたは自分で跳び降りることも考えるが、小柄すぎて電車を止められないことがわかっている)。
『これからの「正義」の話をしよう』(著=マイケル・サンデル)
一つ目の物語で判断する基準は、二つ目の物語に当てはめるとなんだか間違っている気がします。勿論論理上の話ですので、現実ではもっと沢山の要素が絡み合ってきるのでしょうが、それでも古来考え続けられてきた問題は現在でも政策や裁判をはじめ、自分の周りのことを考える上で、やはり考えざるをえないのでしょうね。
発表レジュメ作りながら、休憩時間にでも読み進めていきたいと思います。
と言いつつも、やはり休憩時間にはゆっくり頭を休めるような本を読むのも良いものですよね。
先日お風呂で、久しぶりに村山早紀さんの『花咲家の人々』を読みました。児童文学作家さんだけあって、夢のあるお話で、読むといつも心が暖かくなります。草花も人に話しかけていたりするのかな、と考えると少し幸せになりませんか、ね。私はそんな考え、結構気に入っているのですが、やっぱり子どもっぽいでしょうか。
本の話ついでに、最後に昨日読んだ話の感想でも。昨日は中学時の同級生が書いた小説を久しぶりに読んでみていました。中学生の頃から小説を書くのが好きで、今も続けているそうです。基本的にはミステリが好きだそうで、昨日読んだのも青春ミステリものでした。物語としても面白くて、トリックもしっかりしているところなんか、本当に尊敬します。たまに、それは無理矢理では…!と思ってしまうところもありましたが、なんと言っても伏線回収が上手い。文才の無い私にとって、どうしたらあんな物語を生み出せるのかが不思議でたまりません。これからも続けてほしいな、とひそかに応援しています。
そろそろレジュメ制作に戻ろうかな。では。
ゼミ発表は終わったものの、来週は研究会の発表なので準備は終わりません。
だけど、今回は地元の話も出てくるから面白いかもしれません。
一日一冊、早くも中断しちゃいました。
マイケル・サンデルの『これからの「正義」の話をしよう』を積読から引っ張りだしてきたんですが、面白くて、でも、考えこんじゃうのでなかなか進まない……という訳で読みだしてから3日目です。
さすが、話題になっていただけあると思いました。なぜ今まで放っておいたのか。
哲学って、そんなにも身近に考えられるものだとは思っていませんでした。自分が当たり前だと思うことも視点や状況を変えるだけで、本当にそれが正しいことだったのか、分からなくなります。
有名な話ですが「暴走する路面電車」は判断はどの様な基準で行われるのか、そしてその基準は本当に正しいと言えるのか考えさせられます。
▶ 一つ目の物語。
あなたは路面電車の運転士で、時速六〇マイル(約九六キロメートル)で疾走している。前方を見ると、五人の作業員が工具を手に線路上に立っている。電車を止めようとするのだが、できない。ブレーキがきかないのだ。頭が真っ白になる。五人の作業員をはねれば、全員が死ぬとわかっているからだ(はっきりそうわかっているものとする)。
ふと右側へとそれる待避線が目に入る。そこにも作業員がいる。だが、一人だけだ。路面電車を待避線に向ければ、一人の作業員は死ぬが、五人は助けられることに気づく。
どうすべきだろうか?
▶ もう一つの物語。
さて、もう一つ別の物語を考えてみよう。今度は、あなたは運転手ではなく傍観者で、線路を見降ろす橋の上に立っている(今回は待避線はない)。線路上を路面電車が走ってくる。前方には作業員が五人いる。ここでも、ブレーキはきかない。路面電車はまさに五人をはねる寸前だ。大惨事を防ぐ手立ては見つからない──そのとき、隣にとても太った男がいるのに気がつく。あなたはその男を橋から突き落とし、疾走してくる路面電車の行く手を阻むことができる。その男は死ぬだろう。だが、五人の作業員は助かる(あなたは自分で跳び降りることも考えるが、小柄すぎて電車を止められないことがわかっている)。
『これからの「正義」の話をしよう』(著=マイケル・サンデル)
一つ目の物語で判断する基準は、二つ目の物語に当てはめるとなんだか間違っている気がします。勿論論理上の話ですので、現実ではもっと沢山の要素が絡み合ってきるのでしょうが、それでも古来考え続けられてきた問題は現在でも政策や裁判をはじめ、自分の周りのことを考える上で、やはり考えざるをえないのでしょうね。
発表レジュメ作りながら、休憩時間にでも読み進めていきたいと思います。
と言いつつも、やはり休憩時間にはゆっくり頭を休めるような本を読むのも良いものですよね。
先日お風呂で、久しぶりに村山早紀さんの『花咲家の人々』を読みました。児童文学作家さんだけあって、夢のあるお話で、読むといつも心が暖かくなります。草花も人に話しかけていたりするのかな、と考えると少し幸せになりませんか、ね。私はそんな考え、結構気に入っているのですが、やっぱり子どもっぽいでしょうか。
本の話ついでに、最後に昨日読んだ話の感想でも。昨日は中学時の同級生が書いた小説を久しぶりに読んでみていました。中学生の頃から小説を書くのが好きで、今も続けているそうです。基本的にはミステリが好きだそうで、昨日読んだのも青春ミステリものでした。物語としても面白くて、トリックもしっかりしているところなんか、本当に尊敬します。たまに、それは無理矢理では…!と思ってしまうところもありましたが、なんと言っても伏線回収が上手い。文才の無い私にとって、どうしたらあんな物語を生み出せるのかが不思議でたまりません。これからも続けてほしいな、とひそかに応援しています。
そろそろレジュメ制作に戻ろうかな。では。