繁忙期一度目の山をようやく乗り越えた、と思うのだが、途端に次のものを放り込まれる例年の無間地獄よ。。
●11月25日(日)19:30~@桜ノ宮ガラガラ
レツゴー松谷(エレキベースで参加)
ワンマン
ノーチャージ
☆桜ノ宮ガラガラ
http://garagara.sakura.ne.jp/;
☆レツゴー松谷HP
http://woolrecord.wp.xdomain.jp/;
しかしゆっくり聴く間も無いのにFAB4の白い重たい箱をうっかり入手。頭の2枚はいらないが後ろの4枚は聴いてみたくなってしまったゆえ。
受け取ってすぐ頭の2枚、つまり2018 new stereo mixのA面分だけまずささっと聴いてみた。そもそも手前の2009リマスター・ステレオも聴いてない身であるが。
白いアルバムは中学3年の夏前くらいだったか、中2の二学期頭に最初に買った『LET IT BE』やコンピ盤は別として、残りは律儀に時系列で追いかけて出た順番に手に入れて聴いていったのだが、一聴して違和感があった。それまでと何か違う音だと。屈託ない明るさがそのまま音に化けたような佇まいが消えた。
そこにあったのは青年期の終わりへと向かういくらか煤けた疲れた気分の漂う音楽だったけれど、こちらはこれから面倒くさい青春と立ち向かわなければならず、その最初のどん底であからさまな逃避対象として出会ったものだったから、当惑し、しかし結局は周回遅れの同調という形で気分を共有した。ように今にして思う。
そういうのんがきれいさっぱりなくなってて笑った。2018年ミックス。
OB-LA-DI,OB-LA-DAにあった投げやりの狂気がなくなったら、ただの聴きやすいスカごっこじゃないか。
これはこれから出会う人たちのための親切な音だから別にそれでよろしいんだけど。
(そうは言ってもRevolution 9にあった、怠惰で奥手な子供の私をしてついに音楽制作の最初の一歩を踏み出させた一番大きな背中押しとなったチープな手すさび感がなくなって、まるで美術館で出会うインスタレーションみたいなご立派な『音楽』にまでなってるのには思わず苦笑した。)
いつも周囲には言ってるが、親切ってえのはたいした暴力なんだぜ。(笑)