芝居「雪散華」《「劇団颯」(座長・颯馬一気)〈平成22年9月公演・小岩湯宴ランド〉》 | 大衆演劇の名舞台

大衆演劇の名舞台

全国に150ほどある「大衆演劇」の名舞台を紹介します。

   本日は、東京大衆演劇劇場協会の演劇部長・林友廣が特別出演とあって、劇場は昼から大入り満員であった。夜の部、芝居の外題は「雪ざんげ(散華 ?)涙のひな祭り 」。なんと、座長・颯馬一気、副座長・颯まさきが今日は脇役、敵役にまわって、林友廣が主役を演じるとは・・・。その昔、まだ父・長谷川正二(次だったか?)郎が座長の頃、小学生だった林友廣がランニングシャツに半ズボンの姿で、千住寿劇場の玄関辺りに腰を下ろし、アイスキャンデーを舐めていた姿を思い出す。しばらくして父は夭折、劇団は母・若水照代に引き継がれて「劇団ママ」となり、林友廣も若手として修業を積んだと思われるが、その詳細は知らない。聞けば「劇団虎」の座長として、多くの後輩を育て、今や関東では「泣く子も黙る」実力者に「成り上がった」といえようか。これまでに私は、新潟古町演芸場、川崎大島劇場、柏健康センターみのりの湯、浅草木馬館などで彼の舞台姿を見聞しているが、いずれも「後見役」で、最近の主役は観たことがない。期待に胸ふくらませて開幕を待った。林友廣構成・演出とあるが、筋書は大衆演劇の定番、あるヤクザ一家の「跡目争い」の物語である。一家には三人の親分候補が居たが、二代目に納まったのは一番年若のC(副座長・颯まさき)、古株のA(座長・颯馬一気)は、そのことが面白くない。Cとは「飲み分け」の兄弟分B(特別出演・林友廣)と「仲違い」させ、自分は「漁夫の利」を得ようと画策する。それにまんまと乗せられたCはBを破門、Aは愛妻(紀咲繚)と愛児(女児・颯馬一馬?)をかかえて「所払い」の憂き目に・・・、といった展開だが、Bを破門したC、Aに向かって「少し、やりすぎたかな・・・?」。A「とんでもねえ、やらなすぎでさあ」、C「なんといっても、今日一日だけだからなあ」、A「そうそう、これは芝居なんだから、思いっきりやっつけなくちゃあ」といった「楽屋ネタ」のやりとりが何とも可笑しかった。いつもと違って、林友廣は「悲劇の主人公」に徹し、「圧力」の風情は出さず終い、強欲なA一味に騙され、女房は斬殺、娘は自分で手に掛けてしまうといった(弱者の)愁嘆場を「お手本」通りに演じきった、と私は思う。それにしても、その舞台姿は、化粧・衣装、振り、口跡のいずれもが、そのまんま「大日向満」と「瓜二つ」であることに驚嘆した。なるほど、大日向満は彼にとっては義理の兄(姉・大日向きよみの亭主)、修業時代、モデルとすべき父が現存していないのだから、兄の景色を「お手本」にするのは道理である。事実、彼が22歳の時、雑誌「太陽・9月号・N268)」(平凡社・1984年)では以下のように紹介されている。〈本名=佐久間寛人・昭和37年6月19日生まれ・血液型A型・身長180センチ・体重73キロ・初舞台=3歳・好きな役者=梅澤富美男、若水照代、【大日向満】・趣味=パチンコ・女形を始めた動機=母親に勧められて・女形の化粧時間=約30分〉
 関東一の実力者・林友廣が、関西一の実力者・大日向満の「芸風」を「お手本」にしていたことを改めて確認、望外の発見に満足しつつ帰路に就くことができた次第である。

 

 


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