芝居「月とスッポン」《「鹿島順一劇団」(座長・鹿島順一)〈平成22年4月公演・香川城山温泉〉》 | 大衆演劇の名舞台

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 座長の話によれば、この6月に息子の鹿島虎順が「三代目・鹿島順一」を襲名、自分は太夫元として「甲斐文太」を名乗るという。なぜ甲斐なのか、なぜ文太なのか。「甲斐は甲斐の国からとりました。文太は菅原文太からいただきました」ということだったが、その理由は不明、私の勝手な想像では、武田信玄が好きなのか、原田甲斐(「樅ノ木は残った」・山本周五郎)が好きなのか、でも、菅原文太と鹿島順一では比べものにならない、その「実力」「芸風」において鹿島順一のほうが数段も「格上」、「月とすっぽん」ほどの差があるではないか・・・」などと思ううちに、芝居の幕が開いた。なんと外題は「月とすっぽん」。月とすっぽんに相当する二組の男女の物語で、すっぽんの男は三枚目の兄(座長・鹿島順一)、月は二枚目の弟(鹿島虎順)、すっぽんの女は下女のおなべ(春日舞子)、月は親分の娘おみつ(春夏悠生)という設定である。病弱の親分(花道あきら)、娘を弟に嫁がせて二代目を継がせようという魂胆、「兄をさしおいてその話は受けられない」と辞退する弟を強引に説得、「兄さんはお前の後見として必要、嫁さんは責任を持って世話する、悪いようにはしないから・・・」という言葉に絆されて弟も承知、欣然と退場した。入れ違いでやって来た兄、ほろ酔い機嫌で親分への頼み事、何かと思えば「あっしもそろそろ身を固めたい。ついてはお嬢さんを嫁にください」だと。親分、びっくりして「そうだったのか、おまえはおみつに惚れていたのか・・・、でもヒト船乗り遅れたぞ」といった時、兄(座長)の台詞が止まった。「・・・・」(長い沈黙)親分(花道あきら)「どうした?」「・・・・」(兄、それでも絶句している)親分「(小さく微笑みながら)わかる、わかる。誰かの声がするんだろう。いいから、いいから、気にしないで話してみろ」兄(座長)「(苦渋に満ちた表情で)お話がしたいのはわかります。でも、静かにお芝居を観たいお客様もいらっしゃいますので、お話は他の場所でお願いいたします。どうか関係者の方、御配慮を・・・」座長は2階席団体客の私語が気なっていたのだ。すかさず1階客席からは大きな拍手。それに押されてか、2階の酔客連中(ほぼ5~6人)はやむなく退散する羽目となった。客席の秩序維持は劇団の責任ではない。本来なら、劇場支配人の務めであるはずだが、目の届かない場合もある。そんな時、「黙って」芝居を続けることがほとんどだが、文字通り(はじめは)「黙って」場内を整理してしまった劇団(責任者・座長)など、私はは見たことがない。しかも「舞台の上から」とは・・・。座長は「自分のために」酔客を整理したわけではない。「静かにお芝居を観たいお客様」のために酔客(この連中もお客様には違いないのだ)を排除したのである。そこらあたりが、二代目鹿島順一の真骨頂、「舞台を降りれば五分と五分、客に媚びへつらう必要なんてどこにある」といった筋金入りの役者魂が窺われて、私は深く感動した。芝居は中断、景色は毀れたが、兄「えーっと、どこからだっけ。芝居忘れてしまった・・・」親分、すかさず「だからよ、お前はヒト船乗り遅れたって言ってるんだよ」の一言で(何事もなかったように)舞台は再開、以後の展開はまさに「順風満帆」、非の打ち所無く進行した。(花道あきら、従来はアドリブが苦手、時々座長に突っ込まれて絶句したり、噴き出したりしていたが、今日の舞台では「余裕そのもの」、立派に座長の補佐役を果たしていた。彼もまた「大きく成長」していることの証だと、私は思う)親分との(不本意な)絶縁、純粋で兄思いな弟との「絡み」、おなべ(春日舞子)の剽軽な振る舞いと口跡・表情等々、随所に「見どころ」(名場面)が盛り込まれ、まるで一巻の絵巻物を見るような出来栄えであった。なかでも圧巻は、仇役一味(春大吉、蛇々丸、赤胴誠、滝裕二、梅乃枝健ら)との「大立ち回り」、ただ単に刀を合わせるだけでなく、舞台、花道、客席、幕内までも(縦横無尽に)「走り回って」敵と味方が「行き交う」様子が、なんともコミカルで楽しく、まさにドタバタの「お手本」、見事な「形式美」を存分に楽しむことができた。一同(敵も見方も)最後は息を弾ませながら小休止、一呼吸あって「殺陣」の大詰め、運悪く兄とおなべは深手を負っての愁嘆場へ。哀愁漂う「会津磐梯山 」を踊りながら「すっぽんの男女」が絶命する、その両者を「月の男女が」合掌して見送る、という幕切れの光景は一幅の屏風絵のようで「お見事」、涙がとまらなかった。そして何故か心も洗われるのである。今日の舞台、私にとっては「生涯忘れ得ぬ」作品となった。どの劇団でも舞台を(DVDなどに)収録して商品化することが通例になっているが、鹿島劇団はそんなことには全く無頓着、大衆演劇の真髄は、生身の人間同士(役者と客)が「その時、その場」(一期一会)の「阿吽の呼吸」で創出する「夢の世界」を味わうところにある、そのことを劇団の誰もが知り尽くしている所以であろう。事実、私はこの劇団が演じる「外題」、舞踊の「演目」を見ただけで、聞いただけで、その舞台の光景を脳裏に、そして胸中に「再生」「鑑賞」することができるのである。

 

 

 

 


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