私が母に言われて印象に残っていることは沢山あるけど

去年の春ごろかな?

抑うつ状態で平日1日中家にいて何もしなかった時。

妹も私と同じように過ごした日。

仕事から帰ってきた母に

「家にいても家の事を何もしないんだったら

家族じゃない。

あんたらは居候

当たり前なんだ、家に一日いたくせに、洗濯物も取り込まず、雨戸も閉めず、ただコタツでごろごろしていただけなんだから。

一日働いてきた母からすれば、当然、迷惑でしかないもの。

妹はこう言われたことをそんなに気にしてないのかな。

でも私はいまだに気にしてしまう。

私はネチネチしてて嫌な性格だなー、とつくづく思う。

それともう1つ。

これもおそらく母が正しいんだけど、馬鹿な私はいまだに引きずっていること。

もう十年以上も前のことだろうに。

幼稚園や小学校の頃、友達は自分の誕生日に“誕生日プレゼント”を親から貰っていた。

子どもだから当然、それが羨ましかった。

うちはお金には結構厳しかったから、小学生の頃は毎月500円のお小遣いがもらえるくらい。

中学生になって金額は増えたけど友達と街に行けるほどもらえなくて、私はそうゆう時の友達づきあいは自然と物凄く悪くなった。卒業旅行を兼ねたお泊り会もお金が無くて欠席した。

友人の中には、月にいくら、という形式でのお小遣いはもらっていないけど、友達と出かける度にもらっている、という子が多くて、羨ましかった。

私は親に頼んでも貰えないから、わりと早いうちから親にお金や物をねだることはなくなった。

だけど姉や妹はうまい事ねだったらしく、中学生くらいの頃、よく友達と遊びに行くのに親に頼んだら一万くれた~と話していた。正直羨ましかったし、損した気分になった。

いつから自分が親にねだったりしなくなったかはよくわからないけど、多分母に言われたことを今でも覚えてるから、自分なりにはそれが大きく影響したのかなーと今更思う。

友達の言う、誕生日プレゼントという物にあこがれて母に言ってみたことがあった。

多分小学校低学年か、それよりも小さい頃。

だけど母に言われたのは

誕生日は、産んでくれた人に感謝する日なの。

だからプレゼントなんて買わない。」

はっきりとした言葉は覚えていないけど、こうゆう内容だった。

たしか私は、プレゼント云々よりも

“産んでくれた人に感謝する日”

ということの方が衝撃的だったと思う。

当時の自分の感想なんて覚えてないけど、今思うのは「確かにそうだ。誕生日は親に感謝しなければ。」ということ。

それと「じゃあ別に祝われる日じゃないんだたいしてめでたくないんだー」ということ。

めっちゃ冷めてるよねw

まぁもう成人な訳だし、今こう思うことは全然問題ないんじゃないかと思う。

でも、考えてみれば私、昔からそれほど誕生日好きじゃなかったかも。

幼稚園や小学校低学年くらいまでは、家族の誕生日は母とケーキを作るのが楽しかったけど。

それ以降ってあんまり…。ケーキはまぁスポンジとか好きだけど、生クリーム嫌いだったし。

なんとなく、祝われることに違和感。

人のを祝うのは好きだし、祝いたい相手がいればそれなりに準備したり張り切るけど。

今年の誕生日は入院中で、親は何かと気にしてた。

誕生日くらい家で過ごせ、とかケーキを病院に持ってこようか、とか。

ほんっとどうでもよかった。

家族で祝う誕生日なんて社交辞令みたいなもんでしょ。

てか私の誕生日云々より、あんたらはただケーキ食べたいだけでしょって

ケーキなんて確実に吐くからまじやめてーとか;

昔から思っていたけど、本当に冷めた子どもだったんだなーと思う。