昨日、3月11日のTVは、

東日本大震災の鎮魂に満ちた番組が多かったので、

自分も犠牲となった万霊に、般若心経をあげて、

その冥福を祈りました。

まあ、私のような煩悩具足の凡夫がそんなことをしたって、

何の足しにもならないのはよく解っていますので、

単なる、自己満足です。

 

あの日、自分の周りには4頭の犬が居て、

賑やかな日を送っていました。

10年後の今、その内3頭が死んでしまって、

今年9月で12歳になる犬が1頭いるだけです。

 

この頃、散歩をしているとき、

自分とどちらが先に逝くのかな、とか考えます。

 

自分が先に逝ったら、時々は思い出してくれるかな、

なんて、未練たらしく思います。

犬には面倒見てもらえる大好きな人がいるので、

こちらは安心して逝けるのですが、どうなるのでしょうか?

 

さて、

3月3日午後、京都駅に着いた私はその足で東寺に向かいました。

 

 

私の父の姉が京都に住んでいて、小さいとき遊びに行きました。

東寺に連れて行ってもらったことがあったそうですが、

祖父母に連れて行ってもらった高野山同様、

何も思い出せません。

 

 

今回、京都に来た目的は伏見稲荷大社を参拝するためなんですが、

その縁を頂戴したのが、真言宗のお坊様だったので、

まずは東寺に参拝させて頂きことにしました。

 

明治の廃仏毀釈までは、

伏見稲荷大社と東寺は深い関係があったのだそうです。

 

 

夕方近くだったせいか、緊急事態宣言解除直後だったせいか、

広い境内に人は少なかったです。

手の指と足の指で、十分計算できるぐらいの人数でした。

 

子供の頃から、近鉄電車から東寺の五重塔を西に見て、

西にあるのになんで東寺なんだろうと、

ずっと不思議に思ってました。

 

羅城門の西と東をお寺で固めていたなんて、

最近知ったばかりです。

 

 

修行大師様の像です。

四国遍路を思い出します。

もう20年が経ってしまいました。

 

 

立派な宝篋印塔がありました。

最近ご縁を頂戴して、よく拝ませて頂いております。

そういえば、

吉野山の善福寺さんにも、

小さな可愛らしい宝篋印塔があったような気がします。

 

 

 

「よくこの塔において  一香一華をもって 礼拝し供養せば

八十億劫の生死の重罪 一時に消滅す」

とか文字が彫られていると思いますが、

教養の無い私ゆえ読めませんでした。

 

それに

修行大師様のところでは、

花を供えられるようになっていましたが、

こちらには無かったような気がします。

一香一華をもって礼拝できませんでした。

惜しくも、私めの、

「八十億劫の生死の重罪」を消滅させるチャンスを逃がしてしまいました。

 

そんなこんなをやっている内に、

時間が過ぎてしまい、立体曼荼羅を拝ませて頂く前にタイムアップ。

 

早い目に京都駅前の安いビジネステルに宿泊して、

明4日の伏見稲荷大社参拝二供えました。

 

続く