「雪中葵」その③
本所深川の一角では、今日も利平が信州仕込みの二八蕎麦の屋台を出しているのが伺える。
青空の下、行き交う人々の足並みは早く、その日は二刻も客が訪れずないものだから…
「やれやれ、こうも客がこなけりゃ…愚痴も出ねえやな…」
そんな愚痴とは別に、深川一帯には妙に明るい祭囃子が聞こえていた。その音色には不機嫌な利平もついつい足を音色に乗せてしまっていた。
利平は故郷の讃岐にいた頃から祭りには目はなかった。
しかし江戸に出てきて、信州で修行した蕎麦で身を立てていく生活を始めたら、どうにもいけない…
「祭りは好きだが、こうも客足に響くといけねえや…」
「何を言ってるんだ。お前さんの蕎麦なら、ほら…おいしく頂いてるよ」
そう良いながら姿を現したのは整った身なりの袴姿をした三十路半ばの剣客の風貌を漂わす浪人、四谷佐助である。
屋台の脇には五つの丼が重ねられ、佐俣は六杯目の蕎麦を何とも旨そうに音を立て、のどごしを楽しんでいる。
「お前さんはお客の内に入らないよ…!今日も出世払いなんだろう?」
「いやいや、今日はしっかりと払うぞ!ほれ!」
佐助は懐から小判を一枚取り出し、利平の鼻先に突き出した。
「お前さん!どっどうしたんだいこの小判?」
「ふっふっふ、俺とて払う時は払う男だぞ、今日は今までの勘定もしっかり払ってやる!」
「へぇ~。お前さんの道場ってのはそんなに儲かってるのかい?」
「いや…門弟は相変わらずだ…。榊屋の娘とご老体が一人、このご時世じゃ仕方もあるまい…」
本所深川の入り組んだ路地を進み木軒長屋を左手に眺められる所に佐助の営む「四谷道場」がひっそりと佇んでいる。この道場、近所の人たちからはその建物の古さから物の怪道場とさえ言われていた。
喜平はここ数年、お目に掛かっていなかった小判の登場にその質感をしっかりとその手で感じながら…
「それじゃあお前さん、こっこの金はどうしたんだい?」
「右近の奴だよ…。」
「北野の旦那がどうしたんだい?」
あとがき
第三弾も無事に終了しました!いやいや、今回は右近のシーンまで行き着けませんでした!すいません!
ここのところブログへのアクセスも増えてきましてありがとうございます!
今後もこのペースを維持していきたいと思いますので宜しくお願いします!
「雪中葵」 その②
前回までのあらすじ…
突如、登城を命じられた右近は江戸城本丸の一室に通された。しかし自分を呼んだはずの柳沢吉保は一向に姿を見せず、さらには右近の様子を伺う謎の気配が刀の鯉渕を斬る音が聞こえ…
(よもやこの様な場所で私に斬りかかろうというのか…?私を斬ってもこの本丸から逃れられぬのことは必死…。止めておけ…)
青空を眺める右近は心の中で、見えぬ客人に呟いた。
右近の見る青空にはさっきまで飛んでいた鷹の姿はもう無く、右近は今になってあれが上様御寵愛の鷹であることを思い出していた。
だが、今はそんなことはどうでも良いことだった。今は斬るか斬られるかの瀬戸際で自分の方に分はなかった。
天井裏に身を潜めた客人は斬った鯉渕に掛けた親指に知らず知らずに力が入っている自分に気が付いていた。
そうというのもこの男、北野右近に一分の隙も無いからに他ならない。
今の態勢なら並大抵の人間が相手なら、この五郎太は確実に相手の息の根を止められるだろう…。
しかし、五郎太には右近を自分が斬るとは、露の程も感じられないのであった。そんな状態がしばし続き、五郎太の息づかいが荒くなり始めたのが右近の耳にも感じられた。
右近の額を一筋の汗が流れた…
「やるか…」
そう呟くと右近はゆっくりと自分の右手側に置かれた刀に手を掛け、これまたゆっくりと立ち上がった。
この一連の動作の中に、五郎太が斬りかかれる瞬間は幾度とあったが、五郎太は右近の背中にどうしても斬りかかれずにいた。もうこうなっては理屈ではない…。
「天井裏のお客人…私を斬るつもりか?貴殿が何のために私の命を狙っているかは知らぬが、この北野右近は貴殿に命を狙われる理由はござらん!」
そう言い放つ右近に、五郎太は、
「こいつは…」
何かに感心するように口に溜まった唾で喉を鳴らした。
あとがき
第二弾どうだったでしょうか?第一弾同様に右近と謎のお客人こと五郎太のやりとりを描いております。これからどんどん話は展開していきますが、第三弾では遂に右近を呼び出したあの男の登場です!
それではお楽しみに~
更に平行して連載スタート!!
「雪中葵」
原案 志摩波 雄馬
あらすじ
五代将軍、徳川綱吉は日頃より大奥の裏側に暗躍する陰謀を未然に防ぐべく大奥支配方の常設を決定した。
その長官に任命された旗本、北野右近は綱吉より葵の御紋入りの刀を授かり大奥の秩序再建のために活動を開始する。
そんなある日、右近は松の廊下での刃傷沙汰を耳にし、その日から大奥にただ事ならぬ動きが始まりだした…。
「登城」
ふと右近の見上げた空を一羽の鷹が掠めた。
秋口に吹く風に右近は軽く身震いをした。そもそも寒いのが苦手な右近にとって、江戸城本丸のこの部屋は良く風が吹き込み世辞にも居心地が良いとは言えなっかた。
この部屋に通されてから如何ほどの時が流れたであろうか…。
今朝方の突如の登城の命にしても右近にはどうも解せなかった…。
老中の柳沢吉保の呼び出しとの事ではあったが、当の吉保は評定所に出ており、一向に右近の前に姿を現すことはなかったし…変な客人もいた…。
右近は空を眺めるふりをして、今一度、天井裏から自分を監視する珍客の気配を確認する。
その客人からは殺気さえ感じられないものの…
(油断は…できんな…)
そんなことを考えながら右近は、自分の右横に置いた刀を恨めしく思った。
だが今更、どうすることもできない。今、右近が刀に手を掛ければ、客人は間違いなく右近を斬り殺すだろう…。
どうにも分が悪い…
(此処は将軍様のお部屋からは離れて居るし、城内を血で汚すのも無い…捨て置くか…)
だが…そんな右近の耳に客人が鯉渕をきった音が聞こえてきた…。
その僅かな音に、右近は背筋に冷たいものを感じた。
続く
あとがき
第一回目、終了しました!この作品は自分が高校生の頃に書いた作品をアレンジして掲載しています。
これからの見所としましては、やはり、この客人が何者なのか?そして右近を待つ密命とは何か?と言うことなのですが、まぁこれは題名をごらん頂ければ解ると思います。
これから連載していく分けなのですが、もしよろしければコメントを残していただけると今後の活力になります。
宜しくお願いします。
『黄昏時に…』
毎年、秋口になるとこの町に吹く風は今年もやってきた。
そんな風に初めて吹かれるその者は、生まれてから日課となっている西に傾いた太陽に今日も黄昏れている。
商店街を歩む人々の足取りもこの時間帯になると気持ち速くなってくる。
自分の前を通り過ぎる人間達は大きな買い物袋を両手に家路に急ぎ、これほどまでに雄大な夕日に一瞬も目をくれようとはしなせず、その者はそんな人間達を情緒の欠片もない生き物だと心の中で思っていた。
そんな時、ふと…自分の視界を遮る者が現れた。
見上げた先には、人間の子供が一人佇んでいる。膝小僧から流れる血は痛々しく、少年の服は泥だらけで、少年は泣いているのか、その肩は小刻みに震えていた。
少年は黙って夕空を眺めている。
それはまるで周囲の時の流れから抜け出したかのように静かで、そして落ち着いていた。
しばらく太陽を眺めていた少年は何かを考えるように俯き、そして泥の付いた腕で目を擦ると、もう一度、夕暮れを見上げた。
その者も少年の見つめる夕空を見上げると、そこには先ほどまで自分の見つめていた太陽の姿は無かった。その時の太陽は少 年を見つめ、その温もりで包んでいる様に、その者には思えたのだ。
少年は止まっていた時の流れを動かし、その者の視界から消えていった。
「泣いて…強くなれ…」
風に靡いたその者は静かに囁いた…
