私は1人になるとやたら「思い巡らす」癖がある。たぶん趣味(笑)

今年に入ってから、何かと頭をよぎる言葉がある。信頼して止まない人生の大先輩、カメラマンN氏からの言葉。もう何年も前に言われた言葉だけど、大切過ぎて今まであまり多くは話さなかった。

でも、1つの決断を形に残す事によって、恥ずかしさと共に自分を追い込む為、ここに記す。


「皆、芸術の山を登っている。登る道、登り方が違うから別々な気がするけど、皆同じ頂上を目指している。頂上は狭いぞ。すぐ皆に会えるぞ。」


身体が震えたなぁ。ほんまに燃えた。


私が芸術の山を無意識にでも確実に登り始めたのはおそらく中学生に入ってから。小学生の間はお遊戯だったと認識する。

舞台の世界に居座り続けてやる、と強がったのが、高校入学して間もなく。

いわゆる芸術の山ではなく、ちょっと変わった山を見つけて、その現場を眺めながら「あちら側の世界の人間になってみせる」(本当にこのままの言葉で)決意したのが高校2年の秋。

変わった山の登り口すら見つけれず、とにかく目の前の山をがむしゃらによじ登るしかなかった大学生時代。

登りたい山を目の前に出来たのが21歳。

でも、道しるべも何もないから、泥だらけで悔しい思いをした、20代前半。順調に山を登り続けた同期達をみて、負けた気がして悔しくて、何度も何度も戻りたいと泣いた。私がやっている事は「芸術」じゃない気がして恥ずかしくて仕方なかった日々。

そんな思いをふっ飛ばしてくれたのが、たった1週間のNYへの旅。

それからは早かった。特別な登山道具なんて持っていないから、スコップ片手に新人丸出しで頑張った。でもいつだって1人じゃなかった。

今、この山の景色もずいぶん見晴らしが良くなってきた。


そしたら。やっぱり。
この山は、ただの一山でしかなく、続く道はやっぱり同じ芸術の山の頂上へとつながっているようなのです。

思い出す
「頂上は狭いぞ」

私ほんまに遠回りしてる。

でも、私にしかない特別な登山仲間と登山道具をゲットした。私は間違いなく普通のバレリーナじゃない。


続く道はやっぱり霧の中やし、ほんまは怖くて仕方がない。

でも、だから歯くいしばって、1人にぼっちにならないように助けてと叫び続けながら、震えつつ、堂々と、、、生きたい!プライドなんてクソ食らえ!!

プライドなんてクソ食らえっっ!!!