私は日本代表の森保監督や選手たちが「ワールドカップでは優勝を目指して頑張ります」と発言していることを、以前から好感を持って受け止めていましたし、これからも、それでいいと思っています。
しかし、かねてからメディアによって「森保ジャパンの目標は優勝」と断じられて報じられていることには困り果てていました。
それでもメディアはいつも、そう切り取ってしまうツールですから「日本の行く先は優勝」と煽りまくられても「また始まった」というぐらいに受け止めるだけでした。
ところが、サッカー専門家の方の中から「決勝トーナメントの最初の試合で敗退するチームが『目標は優勝』を豪語するなど見当違いだった」という批判が出るに及んで黙ってはいられません。
私にこの書き込みを促したのは、スポーツライター・作家の小宮良之氏のwebコラム「森保ジャパンの「W杯優勝」という無理筋を煽ったのは誰か?」(7月4日、yahooニュース)でした。
最初に小宮良之氏の慧眼を称賛したいと思います。そのコラムを拝読したところ、小宮さんは今年6月発売のサッカー専門誌『サッカーダイジェスト』で今回のワールドカップでの日本代表の行方を予想され、グループリーグの成績1勝2分けで2位通過、しかし次の1試合目で敗退という結果をものの見事に的中させていたのです。
これは凄い分析力で、見事というほかはない結果なのですが、小宮さんは的中させた筆の勢いで「優勝を豪語するなど見当違いだった」と批判しています。
私は、小宮さんは、あくまで、森保監督が豪語していることが見当違いと言いたいのではなく「日本は史上最強、優勝も見えてきた!選手も監督もそう目標を掲げているし、今回はいける」という根拠の乏しい希望的観測で国民を煽ったメディア界隈が見当違いなのだ、と批判したいのだと好意的に解釈しようと思っています。
というのも、今回のタイトルにも付けましたように「目標は優勝」という言葉が一人歩きしてしまうことで、ファン・サポーター、メディアそして各専門家まで、多く人たちが間違いを背負ってモノを言ってしまう状況があまりにも多く、今回の小宮さんの書きぶりを機に、キチンと整理しておかなければダメだという気持ちになったのです。
まず日本代表・森保監督をはじめ、多くの選手たちが「目標は優勝」というワードを口にするようになった真意を整理しておかなければなりません。
そもそも「目標は優勝」というワードが出るようになった頃、具体的にいつ頃からかは諸説あると思いますが、その頃の「目標は優勝」というワードは「日本が決勝トーナメント最初の試合の壁を破るには、目標を優勝に置くぐらいの気持ちを持って高みを目指さなければ、壁は破れないのです。」という、日本代表の今後の意気込みを説明するワードとして語られたことを指摘しておきます。
つまり、最初の頃は「わかりやすく言えば、目標を優勝に置くぐらいの気持ちで・・・」という説明的な使い方から「目標は優勝」というワードが出始めたのです。
そして、前回のカタール大会では真剣勝負の場でスペイン、ドイツを破り、やはり「目標を優勝に置くぐらいの気持ちで」やってきたことが間違いではなかったと確信が持てるようになり、次は「目標を優勝に置くぐらいの気持ち」という程度ではなく「優勝を目指して」努力していこうという合言葉に変わったのです。
ですから、選手たちも口々に「優勝を目指して頑張ります」というようになり、テストマッチとはいえ史上初めてブラジルを破る経験をしてからは「優勝を狙います」という言い方にニュアンスが変化したと思います。
けれども、監督・選手たちの心理はあくまで「優勝を目指して頑張ってきた」のであり「次は優勝を狙って頑張る」のであって「目標は優勝です」という心理ではないのです。
仮に選手たちの中に「目標は優勝です」という言葉を口に出した選手がいたとしても、それはテレビなどの前で「ズバリ目標を聞かせてください」と問われて答えているだけで「優勝を狙いますが、まずは決勝トーナメント1回戦の壁を突破することです」というのが本心なのは明らかです。
実際にピッチで肉弾戦の戦いをしていく選手たちはもちろん、指揮官にしても、目の前の試合で相手を一つづつ破らなければ、次はないことが判り切っていますから「ズバリ目標を聞かせてください」などというメディアに困った本心を隠しながらリップサービスをしているだけなのです。
そこをキチンと整理しないで「森保ジャパンの目標は優勝」という短いワードに切り取ってしまい、国民全体、ファン、サポーターに毎日のように投げかけていけば、自然と「今度の森保ジャパンは優勝できそうなチーム」だと、それこそ小宮さんが書いていたように「根拠のない希望的観測の応援マインド」が日本全体に蔓延してしまうのです。
小宮さんのコラムの文脈では「森保監督が優勝を豪語するなど見当違いだった」という趣旨なのかも知れませんが、私は大会に入って森保監督や選手が「目標は優勝」と、それこそ豪語に聞こえるワードを口にしたとしても不思議ではないと思っています。
なぜなら、さきほども書きましたが、本大会の1試合1試合は、それこそ生きるか死ぬか、天国と地獄、あきらかに戦国時代の戦場と同じ、相手の首をとらなければ自分の首をとられるという世界です。
そこに臨むに心境は、何かに没頭し雑念を拝して臨まなければやっていけない世界です。
そのためには自らを信じて「自分たちは優勝するんだ、できるんだ」と鼓舞する、ある意味、呪文を唱えたくなる心境を察しなければなりません。ですから、それを「何を身の程知らずなことを」などと言わずに、むしろ「そう自分を信じなければ戦えませんよね、私たちも、そう信じて応援します」と寄り添う気持ちが必要なのです。
「目標は優勝」という言葉が一人歩きすることでおかしくなった多くの間違いを整理してみました。
大多数の日本のファンの方たちは、森保監督や選手たちの胸の内を察していらっしゃったことと思いますが、メディアはどうしても煽るのが仕事みたいですし、なかなか難しいものです。