《稽古場だより》2026年8月20日


座組のみなさんは今、それぞれの場所で忙しく活動中です(なので、しょっちゅう全員で集まるということはまだ難しいですが、個別にはちょこちょこと会っています)。

そして僕は、ひとりで台本を読んでいます。今日はそんな、稽古場だよりです。




来年2027年の3月…とは言っても、きっとあっという間なんだろうな、と思っています。それは、滋企画の第1回の時から、いつも思っていることです。

「公演の、その準備が始まった」ということは、「いつか(そう遠くない時に)終わりがくる」ということで

そんな当たり前のことを、いつも考えてしまいます。考えて、勝手にさみしくなっています。



『ガラスの動物園』は、僕が芝居を始めた時、一番最初に出会った戯曲の中のひとつでした。”戯曲“という漢字すら読めなかった初心者の僕が、でもなぜだかこの作品がどうしても気になって、ひとりのアパートでずっとブツブツと声に出して読んでいました(その時は、50歳でこの作品を演じることができるなんて、もちろん想像もしていなかったのですが)。


あれから28年間、この作品は、ずっと手元にありました。






2025年3月31日、すみだパークシアター倉。滋企画『ガラスの動物園』千秋楽のカーテンコールが終わり、舞台裏にハケて外に出た時、

「やりきった、やるだけやった」

と僕は思いました。でも、なぜか、どうしてもまだ、“続き”があるような気がして

劇場裏の、桜の木をぼんやり見ていました。

桜の花が少しだけ、咲いていました。


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千秋楽の日から一週間後には、僕は「もう一度やる」と決めていました。


そして座組のみんなに「もう一度やりませんか」と、連絡をしました。

そうして、キャスト•スタッフ、全員おんなじメンバーでの再演が決まりました。

千秋楽から2ヶ月後、去年の5月の終わり頃です。


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『再演』という言葉が果たして合っているのか、わかりません。ただ、あの時の「続き」をしたい、そんな気持ちです。


一年以上前に顔合わせをして、みんなで長い時間をかけて、この作品と向かい合いました。それでも、本番中の楽屋で僕らはこんな話をしていました。

「もっと時間があったら、きっともっと、やれることがあるんだよね…」


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そして僕は、「この素晴らしい座組での公演を、このまま終わりにする権利は僕にはない」とも、思ったのです。僕が旗を降ろしたら、このままお別れになってしまう。そんなことをしていいのか


変な言い方ですが、本当にそう、思いました。


そんなわけで

もう一度、というか、「旅の続き」をやります。みんなで。

来年3月、滋企画『ガラスの動物園』

どうぞよろしくお願いいたします。


またきっと公演中、劇場までの遊歩道に、ポツポツと桜が咲いてくれるんじゃないかなと思っています。


楽しみにしていただけたら、うれしいです。



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どんな作品でも上演時間があって、

つまり終わりがあって

どんな公演でも公演期間があって、終わりがある


いつかは必ずお別れをしなくてはいけない、という、誰しもが知っている当たり前から、僕は目をそらしてしまいがちです。


だから

お別れを、抱きしめて、トムを演じきりたいと思っています。