今日、11月14日土曜日は、名鉄の歩け歩け大会
「岐阜市制120周年記念!岐阜の王道を行くコース 」に参加しました。
名鉄岐阜駅から、一つ目の駅で、時速40㌔で走行して到着しました。
この田神駅は、金華山に登った時にも、スタートした駅です。
駅を出て、左側に進み、遠くに見えている信号の所で、右へ曲がります。
今朝は、土砂降りの雨で、どうなることかと思いましたが、
天気が回復することを見込んで、雨が降っているうちに家を出て正解でした。
他の参加者が少ないのも、土砂降りの雨で出鼻をくじかれたためで
これから、参加者が増えてくるものと思われます。
以前は、徹明町から路面電車が走っていたところです。
岐阜市の梅の名所で、開花時期には大勢の人で賑います
この時期の梅の木は、右に写っている木で、葉が一枚もありませんでした。
C62のツバメは有名ですが、D51にも、このような絵柄が書かれていたものが多数あったそうです。
現役で走っていた当時のまま、とても大切に保存されていて、
やっぱり、こういう保存機を見るとうれしくなります
梅林公園を出発します。
岐阜市の中心に向かって歩いていきます。
ここを右へ曲がります。
前方を歩いていた人が右側を向いて何かを見ています。
そして、水が流れる音がしてきました。
人口の滝ですが、紅葉した木々とあいまってなかなかいい雰囲気でした
ここは、粕森公園です
右側には山が迫っていて、その山頂には、この公園の展望台もあります。
JR東海のさわやかウォーキングも、同じ岐阜市内で開催されていて、
コースも、一部重なっていました。
よって、さわやかウォーキングの矢印と、名鉄ハイキングの矢印が
道端に混在していて、マニアには超たまらない、今日のコースです。
さわやかウォーキングは、ここから粕森公園の展望台へ行きます。
名鉄のハイキングは、粕森公園の横を通り、その先左へ曲がります。
この先すぐに、右へ曲がりました。
3階建ての小さなビルが軒を連ねているのも、なかなかおもしろいです。
ちなみに、この道は、御鮨街道と呼ばれ
昔、この辺りから、南の笠松、稲沢を通り、熱田を経て江戸まで
「鮎のなれ鮨」を運んだ道です
やがて、車の交通量が多い道へ突き当たりました。
ここを右へ曲がります。
山頂付近には、岐阜城が見えます。
前方、左奥にお寺が見えてきました。
斉藤道三と、その父が2代にわたり美濃国を制する拠点としたお寺です。
この先、左へ曲がります。
高さ13.7mのとても大きな大仏さまで、少し前かがみになっていて
優しいお顔が、覆いかぶさってくるような感じでした。
日本三大仏の一つに数えられ
周囲1.8mのイチョウの木を柱として、木材で骨格を組んで
さらに、竹材を編みこんで、大仏様の形を形成し、その上に粘土を塗り
お経が書かれた美濃和紙を貼り付け、漆、さらに金箔を施しています
さわやかウォーキングも、立寄り場所となっていました。
JRハイキングになっているのがいいですねー(^o^;)
歴史好きにはたまらない、斉藤道三、織田信長活躍した戦国時代の
歴史が、たっぷり紹介しています
金華山のふもと、岐阜市民の憩いの場となっている広い公園を歩いていきます。
第38回 岐阜公園菊人形、菊花展が開催されていました。
美しい菊の花を見ることができました。
約20種の小菊を、約450鉢を使用して造られた庭園は、
とても美しく素晴らしかったです。
今年のテーマは「フロイスに食事を運ぶ信長公」です。
一声で100人の家臣が動くといわれる信長が、
宣教師ルイスフロイスと会見したとき、普段招き入れることのない
居室に招き入れ、さらに自ら食事を運んだという逸話を題材にしたものです。
へぇーーーーと思わせる場面です
まずは、菊人形の見張りのすきを狙って通り過ぎなければ行けません
建物は、
ルイスフロイスが持ち帰った資料に詳しく記載されていたようですが
その資料が行方不明で、どのような建物なのかは、いまだわかっていません。
続きは、明日のブログです、お楽しみに(^-^)/