『深志の自治 地方公立伝統校の危機と挑戦』(信濃毎日新聞社・2023年)を読んで | Beyond―愚直に、ひたむきに生きるー

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独立研究者として子ども・若者参画について論文を執筆しています。ちなみに発達障がい当事者でもありますo(≧∀≦)o。よろしくお願いします。

 今日は、いろいろ考えさせられる本を取り上げてみる。井上義和・加藤善子編『深志の自治 地方公立伝統校の危機と挑戦』(信濃毎日新聞社・2023年)である。本書は、長野県松本深志高等学校(以下、深志)をフィールドにした共同研究です。深志が主催して公募した「『未来の学校』に関連した研究者との共同研究」の趣旨に賛同して集まった、有志の研究者と深志による共同研究の成果であるとされる。
 深志は、2020年度より長野県教育委員会が進める、「未来の学校」構築事業の研究指定校となっている。先進的・先端的な研究開発に取り組む実践校を指定することで、長野県の高校教育をけん引する新たな学びの場、学びの仕組みを構築することが目的とされる(県教委ホームページより)。期間は2020~24年度の5年間である。
 深志のテーマは「自治の追求により骨太のリーダーを育成する学校」モデルを構築することである。生徒の主体性や協働性による学校運営や学びについての研究であるが、その一環として深志高校の自治を歴史的、文化的に分析するという「深志の自治」に関する研究が行われた。「自治の研究」には11人の大学等における教育学や教育史、社会学などの研究者が集まり、深志高校で行われている様々な活動、行事などから、自治とは何か、なぜこうした文化が構築されてきたかについて分析されている。
 そんな本書を貫く問題関心は、伝統校の危機と挑戦である。例えば、新入生への応援練習は、バンカラか?パワハラか?市民社会との意識のズレや、現場への無理解が生む誤解や対立等々、市民派と伝統派の対立が描き出されるなかで教育実践の「隠れ資産」を掘り起こし伝統校の存在意義を見いだそうとする努力が本書には窺える。

〔感想〕
 深志は、旧制中学の流れを汲む伝統校であり、県内有数の進学校でもある。本書で取り上げられている應管や蜻蛉祭、生徒会予算を徹底審議する折衝会など、生徒の自治的活動も活発である。そして、校則も当然ない。
 しかし、だからと言って教師が生徒の直面する様々な問題に対し、放任主義を取っているかと言えば、そうではないことを指摘しているのも私は本書の重要な視点であると考える。例えば、 本書のなかで「自治の精神に基づく教育を成り立たせているものは何であったか」という問いに対して深志のある同窓生は、「真理への一筋の道」「人間であることの証左としての知と自由への問い」と言った(166頁)。「自治の精神」とは畢竟、「知と自由への問い」である、と言うのである。そして、こうした考えは、深志の高校生が言うには、校長の教えだったというのである。つまり、私たちが教育学で慣れ親しんだ「生徒指導」とか「生徒の自律性・主体性の尊重・形成」といった言葉はそこには存在しない。
 例えば、5日間に及ぶ折衝会について教師たちは、次のように口を揃えて言う。「折衝会は無駄だと言えば無駄だ。無駄なことを一生懸命やるのが深志という学校なのだ」と。近年、教員の働き方改革やブラック部活、ブラック校則など、教育現場の疲弊を指摘する声が研究者だけでなく、教育現場や政策サイドからも相次いでいる。このため、効率性を重視する指導方法の確立や学校運営などが重視される傾向にある。こうした流れを食い止めることはできないし、むしろ必然であるとも言える。しかし、時間と労力をかけて主体を育てる大切さについても、深志の教師たちは強く認識し、そこに情熱を注いでいる。それは、生徒の自立(自律)を育むために、あくまで黒子に徹し、生徒が自分(たち)でやり遂げたのだという実感を持たせることを意味しているのではないかと私は考える。
 こうした生徒の自治を前面に掲げた同校であるが、その伝統には、本書で取り上げられているようにジェンダー・バイアスなどの面で課題があるのも事実である。時代の変化のなかで不易と流行を見極めながら、いかに折り合いをつけていくのかが、今後の深志の自治にも求められるのであろう。
 その意味で、最後に考えたいのが深志の自治は、未来の教育のモデルたり得るのかということである。この点、筆者は、18歳選挙権の導入を主権者教育やシティズンシップ教育が注目されるなかで、ノスタルジアに陥らず、自治とは何かを問い続けることができるかがその鍵となると思われる。先に触れたように、深志の自治は、ジェンダー・バイアスや応援練習に見られる個人の意思の尊重などの面で問題点が指摘されている。問題のない学校はない。それは深志も同様である。そうである以上、深志の教師も生徒も、こうした問題を問題として認識し、いかに真摯に受け止め、解決を図っていくことができるか。深志が得意とする討議(熟議)がその鍵を握る。そして、こうした討議(熟議)が学校改善につながれば、深志の自治は未来の教育のモデルたり得るであろう。それがこの書籍を読んで導かれた筆者の一つの結論である。