今日は午前中バイクに乗り、午後にばっちゃんの用事につきあった。
用事とは、ばっちゃんの兄弟が2人入院してしまったのでお見舞いに連れて行くことだった。
うちのばっちゃんも80歳、なんら病気してもおかしくない歳だ、もしかしたら死んでしまうかもしれない。
そんなことを考えているとばっちゃんが、
「もう今会っておかないと、今生の別れになってしまうからね」と、
なんか目頭があつくなった。
ばっちゃんと、ばっちゃんの義理の姉(今後あねさんと呼ぶ)を乗せてびょういんへ。
一人目はばっちゃんの実の姉、俺はこの人とは結構面識があるのだが半年振りに会ったら、小さかった体が
さらに小さくなっていた。しかももう俺のことはわからんらしい、「この人はだあれ」という感じだった。
この時、老いとはなんと早く、寂しい物だと感じた。しかたないことだけどね・・・
次にばっちゃの実の兄、あねさんの旦那さんにあいにいった。
この人とは大学生時代にあったきりだったが、覚えていてくれたのでうれしかった。
手術後とは思えないくらい元気で、順調に回復していた。
別れる際、なんて言葉をいっていいのかわからず、
「ゆっくり静養してください。」なんてありきたりの言葉しかでてこないじぶんが情けなかった。
見舞いの後、あねさんの家で茶をのむことになった。
茶を飲みながら、ダイトウワ戦争(第二次世界大戦)の時の話しをてくれた。
この時衝撃事実が、実は今の旦那さん(ばっちゃんの兄)は2人目の人で、一人目の旦那さんはその上の
兄だったそうだ。昔では戦争があった為、兄のお嫁さんが弟と再婚すること(戦死してしまった為)は珍しくなかっ
たらしい俗にエンコウというらしい。
そのとき、満州国の話や硫黄島玉砕の話をしてくれた。詳しく聞いたのは初めてだったので、いろいろと勉強?に
なった。なんだかんだで二時間ははなしたかな。
家に帰ったらじっちゃんが、「ありがとう」といってきた、私は「他人じゃないんだからなんのこともないよ」といった。
そしたらじっちゃんが「もうそろそろ俺もjとはお別れしなきゃらないな」と、そのときは笑い飛ばしたが、少し後涙を
ながした。
死とは誰にも平等に訪れるもの、自分が一番わかっているのに、自分が死ぬことよりじっちゃん、ばっちゃんが
死ぬことのがとても悲しかった。
いや~長々とgdgdで下手な日記でスマン。
今度の休みにたい焼きでもかってじっちゃん、ばっちゃんと茶でもシバクか!